儒教が明治維新にどう関係したか(感想編)
投稿者: tihaya3 投稿日時: 2001/02/26 19:03 投稿番号: [1474 / 35788]
BrandenburgerTor_Gさん、こんにちは。
BAKA_KILLER_2001さんが書いた疑問点にも回答してくださいね。
本質的問題という観点からあちらが書いた内容の方が両民族の勉強になると私には思えます。
私は私で、日本人の伝統文化、創造性、海外文化の吸収の特徴という面から、あなたの論についてコメントを入れさせて貰います。
(全体の感想)
どの民族もすべての思想を受容するわけでなく、特定の共鳴する点を受容し、共鳴出来ない点を排除するか、無視します。これはそれぞれの民族で癖があるようです。それと他民族のやったことを理解するのに、自分の民族の経験を普遍して考える事が多いようです。共鳴した部分だけが非常に強く感じられ、最後にはそれが全てだと思いこんでしまうわけです。今回のあなたのお説を見ていると、その点を強く感じます。
江戸時代の儒教を儒教でないと明記していますから、従って標準の儒教は中華か、韓国の儒教になります。私も韓国や中華の儒教を読んだことがないので、その点では判断不適格だと思いますが。なお私が読んだのは小学、近思録、大学の一部、中庸の一部、論語、孟子の一部を読んだ程度です。
日本人同士でさえ「自由」という言葉一つを見ても認識が違うのに、それから考えると他民族の文化背景を元にした「自由」という言葉一つでさえ簡単に理解できるわけがないと私は思います。「自由」と同レベルの基本的規範が絡む儒教を問題にしているのですから、自国の考え方と同じであるという乱暴な推論はまったく通りません。どっかで言っていませんか、あなたも。「日本人は自分たちの基準で善かれと思ってやっているようだが、それは朝鮮民族にとっては大きなお世話なのだと。あいつらは夜郎自大で、なんて自己中心なのだと」。
(次回に個別内容にレス)
これは メッセージ 1453 (BrandenburgerTor_G さん)への返信です.
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