レスの続き
投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2001/12/05 11:29 投稿番号: [27664 / 203793]
>一般的な学説から眺めるより、具体的に日本の総督府のとった政策から検討したほうが真実には近づけると思います。
日帝統治の検証・評価をするなら、総督府のとった政策を詳細に分析するのは当然です。
ただ、それだけを論拠にした場合、自分の望むように因果関係を説明できることになります。解釈が一つしかあり得ない事例などというものはほとんどありませんから。
学問的アプローチの有用性は、こうした誤りを減らすことにあります。
>日本人は200万以上も生活できないからと言って海外へ移住したでしょうか
基本的にはそうです。
「夢の満州開拓」みたいなことがスローガンとしてありましたが、実際には食えないから開拓地へ行ったんです。
>日本支配以前は朝鮮人はそんなに移住していません。
農奴には移動の自由などというものは与えられていません。はっきり言いますが、農奴はその所有者(朝鮮なら両班)にとっては人ではなく「もの」です。
日帝時代に多くの移住者が出たのは、もちろん生活苦のためですが、少なくとも出ていくことは出来たということになります。
>土地調査事業で土地を取り上げられ自作農から小作に転落
前にも述べたと思いますが、もともと自作農だったのは農民のうち、最大でも30%くらいだったと思います。
農民の多くはもともと日々の糧にも事欠くほど困窮していました。
「日帝が土地を取り上げたから豊かだった朝鮮農民が貧しく没落していった」と言うわけではないですね。
>高利の金をかり、借金地獄
東拓の金利は6〜8%程度だったと思います。(うろ覚えですが)
他の植民地帝国が課していた金利はこんなものではないですよ。
>良田、美田は東拓の所有である
東拓の土地は朝鮮全体の4%程度だったはずです。上記の話が事実なら、朝鮮の農地のうちわずか4%しか良田・美田がなかったことになります。
実際には記者が話を脚色しているのでしょう。
>日本人と朝鮮人が同等には扱われていないということが書かれ、これでは李朝時代のほうが朝鮮人にとっては幸せであったであろうと書かれています。
これは感じ方の問題なので何とも言えません。
ただ、当時の朝鮮農民がどの程度近代人としてのアイデンティティに目覚めていたか?は議論の余地のある問題だと思いますよ。
これは メッセージ 27651 (Kmechan さん)への返信です.
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