ショービニズムの狂風の中で5
投稿者: bosintang 投稿日時: 2002/03/10 02:42 投稿番号: [867 / 3669]
朝鮮のブルジョア革命は,朝鮮に進出した日本人たちを一方の軸とし,開化党と独立協会を創設した知識人グループ,東学民衆勢力の,三つの軸を中心に進められた。この三大勢力は,時代により対決したり,連合したりしながら,朝鮮革命を引っ張ったが,韓日合併は,その革命の望ましい帰結と見た。このような視点で開港期の朝鮮の歴史を見れば,朝鮮革命は,多少歪んだやり方で進められたとはいえ,けっして無力に外国勢力によって振り回された悲惨な歴史ではなく,朝鮮内部の革命勢力の自主的意志によって進められた主体的な変革の過程だったことがわかる。日本と朝鮮の革命家たちは,朝鮮王室とそこにこびへつらった守旧外勢に対抗しながら,三十年の間粘り強く革命を推進したのであり,朝鮮の文明開化は彼ら血と汗で得られた成果なのだ。
昨年の夏,韓国放送公社(KBS)では,日本についてのドキュメンタリーを二回にわたって放映したが,私は,それによって今日,日本に自虐史観が澎湃しているという事実を知った。日本は明治維新以後,さまざまな誇るべき業績をあげ,日本のみならず人類の歴史への貢献も多い国だ。このように燦然たる歴史をもつ日本が,一回戦争に破れたというだけで,自国の歴史に自負をもてず,自らを虐待している今日の現実は悲しく,気の毒なことこのうえない。
何年か前,私はソウルで日本の若者数人と会ったことがあるが,彼らは韓国人に会えば,こん棒で殴られるのが当然だと信じていた。彼らは,時間が経っても韓国人たちが殴らないことを不審に思い,いつ殴るのかと尋ねさえした。燦然たる偉大な歴史をもち,今日にいたるも世界第二の経済大国である日本の国民が,なぜ隣国に来て,それも少し前まで日本の土地だったところに来て,このように肩身の狭い立場に置かれなければならないのか。彼らはたぶん,歴史教師たちから何度も日本がしでかした罪悪相について教育を受けたのだろうし,敗戦記念日が来るたびに黙念して日本から被害をこうむった人々に反省する時間を持ったのだろう。
今日の日本の問題は,反省と謝罪がないというところにあるのではなく,過去に対する清算が行き過ぎているというところにある。日本は戦後独立して新しい国家を建設し,経済大国になったが,その精神は依然として米国の植民地の身分を脱することができずにいる。私は少し前に会ったある日本の友人から「強大国」の日本人が口癖のように「こんなに小さい国で……」と言う,という話を聞いて驚かずにはいられなかった。彼らにしてみれば,日本は,米国や中国,ロシアのような国に比べれば,国土も狭く,人口も少なく,いろいろな面であまりに小さい国であるように思われるのだ。謙遜というよりは自虐に近いこのような考え方は,みな米国によって強要された植民史観と自己卑下作業の結果生じたものであり,日本が経済だけでなく政治,文化,軍事的にも堂々たる自主独立国になるためには,歴史に対する自負心を回復することが何よりも急がれる先決課題といえるだろう。
それゆえ,最近進められている日本の歴史建て直し運動は,誤ったことを正す動きであるにすぎず,韓国で言うような右翼の蠢動とはかけはなれている。彼らは右翼でもなく,ただ日本を愛する愛国者にすぎない。最近の教科書騒ぎで韓国政府は,日本の歴史建て直し運動に言いがかりをつけて,分別のない振る舞いをすることで国際的な恥さらしを自ら招いた側面がなくはない。これは政府当局者たちと韓国民の間に澎湃している低劣な歴史認識と利己的な考え方に由来するものであり,韓国は日本がこのような無礼な言動に正面から対応しないといって,これを根拠に自ら正しいと信じる愚を犯してはならないだろう。日本の悠然とした対応は,正面から相手と敵対しにくい日本的文化からくるものであり,また長い歳月の間に固まってしまった敗戦国としての自己卑下の習性の結果にすぎない。日本の意思表現のやり方がむしろ西洋式だったなら,少なくとも今ごろ韓日関係の葛藤はその実体を暴かれているだろう。
(つづく)
昨年の夏,韓国放送公社(KBS)では,日本についてのドキュメンタリーを二回にわたって放映したが,私は,それによって今日,日本に自虐史観が澎湃しているという事実を知った。日本は明治維新以後,さまざまな誇るべき業績をあげ,日本のみならず人類の歴史への貢献も多い国だ。このように燦然たる歴史をもつ日本が,一回戦争に破れたというだけで,自国の歴史に自負をもてず,自らを虐待している今日の現実は悲しく,気の毒なことこのうえない。
何年か前,私はソウルで日本の若者数人と会ったことがあるが,彼らは韓国人に会えば,こん棒で殴られるのが当然だと信じていた。彼らは,時間が経っても韓国人たちが殴らないことを不審に思い,いつ殴るのかと尋ねさえした。燦然たる偉大な歴史をもち,今日にいたるも世界第二の経済大国である日本の国民が,なぜ隣国に来て,それも少し前まで日本の土地だったところに来て,このように肩身の狭い立場に置かれなければならないのか。彼らはたぶん,歴史教師たちから何度も日本がしでかした罪悪相について教育を受けたのだろうし,敗戦記念日が来るたびに黙念して日本から被害をこうむった人々に反省する時間を持ったのだろう。
今日の日本の問題は,反省と謝罪がないというところにあるのではなく,過去に対する清算が行き過ぎているというところにある。日本は戦後独立して新しい国家を建設し,経済大国になったが,その精神は依然として米国の植民地の身分を脱することができずにいる。私は少し前に会ったある日本の友人から「強大国」の日本人が口癖のように「こんなに小さい国で……」と言う,という話を聞いて驚かずにはいられなかった。彼らにしてみれば,日本は,米国や中国,ロシアのような国に比べれば,国土も狭く,人口も少なく,いろいろな面であまりに小さい国であるように思われるのだ。謙遜というよりは自虐に近いこのような考え方は,みな米国によって強要された植民史観と自己卑下作業の結果生じたものであり,日本が経済だけでなく政治,文化,軍事的にも堂々たる自主独立国になるためには,歴史に対する自負心を回復することが何よりも急がれる先決課題といえるだろう。
それゆえ,最近進められている日本の歴史建て直し運動は,誤ったことを正す動きであるにすぎず,韓国で言うような右翼の蠢動とはかけはなれている。彼らは右翼でもなく,ただ日本を愛する愛国者にすぎない。最近の教科書騒ぎで韓国政府は,日本の歴史建て直し運動に言いがかりをつけて,分別のない振る舞いをすることで国際的な恥さらしを自ら招いた側面がなくはない。これは政府当局者たちと韓国民の間に澎湃している低劣な歴史認識と利己的な考え方に由来するものであり,韓国は日本がこのような無礼な言動に正面から対応しないといって,これを根拠に自ら正しいと信じる愚を犯してはならないだろう。日本の悠然とした対応は,正面から相手と敵対しにくい日本的文化からくるものであり,また長い歳月の間に固まってしまった敗戦国としての自己卑下の習性の結果にすぎない。日本の意思表現のやり方がむしろ西洋式だったなら,少なくとも今ごろ韓日関係の葛藤はその実体を暴かれているだろう。
(つづく)
これは メッセージ 866 (bosintang さん)への返信です.
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