質問
投稿者: Kmechan 投稿日時: 2002/02/03 14:23 投稿番号: [709 / 3669]
>開化期の近代教育においては、宣教師の果した役割が大きいですね。統監府時代(1908年)の私立学校令によって認可された2250校(これ以外に官公立・准公立が146、ほか不認可校が全体の3〜4割)のうちでも、キリスト教系が823校を占めてます。
一般的には、やはり伝統教育機関、書堂が重要でしょう。その数は1908年に約1万。総督府は併合以降も普通学校の設立が追いつかなかったためにこれを容認し、併合後も著増、1912年に1万6540ヵ所、14万1604人、1918年に2万4294ヵ所、26万4835人。
日本の場合、書堂に似た存在だった寺子屋を小学校に再編成しましたが、書堂は儒教教育が主とされていたため普通学校への改編はされませんでした。
この数字は総督府資料にもとづくものですか
「彼らは私立学校や書堂などの民族主義教育機関を抑圧し、自分達の植民地統治に有用な下級技術労働力の養成だけを策した。」
「当時官立普通学校は収容能力がかなり制限されていただけでなく、学費が高く、わが労働者や農民、そして都市貧民には教育の機会が与えられなかった。
「1920年には各地に夜学が設立されたが、これらの夜学は民族主義の色彩が強く、教える科目も朝鮮語中心であった。
そしてどの夜学も朝鮮語で授業を行い、朝鮮文をもっとも重視することで官立学校とは対象的であった。そのため日帝は民族主義的色彩が濃い夜学を弾圧し閉鎖させ、一面一校主義施策を強行し公立普通学校を
増設し
と韓国教科書にありますが、
この夜学については書かれていないのでしょうか
これは メッセージ 706 (bosintang さん)への返信です.
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