> Kmechanさん遅く
投稿者: bigboy_satan0 投稿日時: 2002/02/02 01:45 投稿番号: [679 / 3669]
横レス失礼します。
>「老年人口の構成比にはほとんど変化がない。それは一般死亡率の改善が、この年齢階層には影響がなかったことがわる。」
>乳児死亡率が減少した結果ですね。
老人の人口が増加しなかったのは生産人口が移住したためです。寿命を延ばしたという意見に対してのものです。
老人の人口比が増加しなかったというのは、日本領時代から人口が激増したので、激増した人々は最高で36歳にしか達していません。老人の人口比が1910年以前と同じなら、平均寿命が伸びたことを意味します。
>日本人所得が平均朝鮮人の2倍の給料だったと言われていますよ。そうすると富の半分以上は日本人が受けたのでしょう
明治維新前に日本人の70%は文字の読み書きと算数(*/+−)が出来たそうです。これは世界最高水準で、当時欧米で最高だったイギリスの55%をも上回ります。朝鮮の場合はかなり低かったようですね(数%?)。
江戸時代の日本人なら、計算出来ない人でも草鞋や下駄を履いていたので、手足合わせて20までの計算が出来ます。靴を履いていた朝鮮人は、指折り10までの計算しか出来なかったのでは?
義務教育を受けて、江戸時代より教育水準が発達した日本人と朝鮮人を比較したら、教育水準において大きな開きがあったと思われます。日本人と朝鮮人の給与水準が2倍と言われていますが、義務教育を受けた人とそうでない人の給与水準の差と表現した方が的確なのでは?
読み書きと算数すら出来ない人の学力は、現在の小学1年生以下の水準であり、ガキの使いさえもまともにこなせなかったのではないでしょうか(日本語を話せない事には同情します)?就ける職種も限られますし、まともに商業、金融、物流などの産業を担えたとは思えません。朝鮮では、近代化に必要な人材が劇的に不足していたのでしょう。
>産米増殖計画は農民を貨幣経済に組み入れ、商品経済に編入される結果となった。
>農民の所得は米を売ったあと高利の借金に苦しんだといわれていますが利息の所得は高利貸しのものでしょう。
20世紀にもなって農村に貨幣経済が浸透していないこと自体が、問題なのです。そもそも当時の朝鮮に、利息という概念自体が存在したのでしょうか?現在でもイスラム圏では利息をとることが禁止されています。日本では室町時代には高利貸がいたので、通貨が伝わるのは朝鮮の方が早かったのでしょうが、金融が発達するのは日本の方が500年程早かったのかも知れません。
高利貸なのですが、算数が出来ない人々は、利息の計算自体不可能でしょう。文字が読めないので書類の内容も判らないだろうしトラブルが増えるのは当然でしょう。日本の場合、時代劇でよく借金のかたに娘を取られたなどとあるように、江戸時代からそのようなトラブルが存在しました。
しかし貨幣経済が未発達の朝鮮では、一挙に高利貸によるトラブルが頻発したと思われます。
近代化する為に、農村が貨幣経済に組み込まれる事は、避けては通る事が出来ないことです。
>「老年人口の構成比にはほとんど変化がない。それは一般死亡率の改善が、この年齢階層には影響がなかったことがわる。」
>乳児死亡率が減少した結果ですね。
老人の人口が増加しなかったのは生産人口が移住したためです。寿命を延ばしたという意見に対してのものです。
老人の人口比が増加しなかったというのは、日本領時代から人口が激増したので、激増した人々は最高で36歳にしか達していません。老人の人口比が1910年以前と同じなら、平均寿命が伸びたことを意味します。
>日本人所得が平均朝鮮人の2倍の給料だったと言われていますよ。そうすると富の半分以上は日本人が受けたのでしょう
明治維新前に日本人の70%は文字の読み書きと算数(*/+−)が出来たそうです。これは世界最高水準で、当時欧米で最高だったイギリスの55%をも上回ります。朝鮮の場合はかなり低かったようですね(数%?)。
江戸時代の日本人なら、計算出来ない人でも草鞋や下駄を履いていたので、手足合わせて20までの計算が出来ます。靴を履いていた朝鮮人は、指折り10までの計算しか出来なかったのでは?
義務教育を受けて、江戸時代より教育水準が発達した日本人と朝鮮人を比較したら、教育水準において大きな開きがあったと思われます。日本人と朝鮮人の給与水準が2倍と言われていますが、義務教育を受けた人とそうでない人の給与水準の差と表現した方が的確なのでは?
読み書きと算数すら出来ない人の学力は、現在の小学1年生以下の水準であり、ガキの使いさえもまともにこなせなかったのではないでしょうか(日本語を話せない事には同情します)?就ける職種も限られますし、まともに商業、金融、物流などの産業を担えたとは思えません。朝鮮では、近代化に必要な人材が劇的に不足していたのでしょう。
>産米増殖計画は農民を貨幣経済に組み入れ、商品経済に編入される結果となった。
>農民の所得は米を売ったあと高利の借金に苦しんだといわれていますが利息の所得は高利貸しのものでしょう。
20世紀にもなって農村に貨幣経済が浸透していないこと自体が、問題なのです。そもそも当時の朝鮮に、利息という概念自体が存在したのでしょうか?現在でもイスラム圏では利息をとることが禁止されています。日本では室町時代には高利貸がいたので、通貨が伝わるのは朝鮮の方が早かったのでしょうが、金融が発達するのは日本の方が500年程早かったのかも知れません。
高利貸なのですが、算数が出来ない人々は、利息の計算自体不可能でしょう。文字が読めないので書類の内容も判らないだろうしトラブルが増えるのは当然でしょう。日本の場合、時代劇でよく借金のかたに娘を取られたなどとあるように、江戸時代からそのようなトラブルが存在しました。
しかし貨幣経済が未発達の朝鮮では、一挙に高利貸によるトラブルが頻発したと思われます。
近代化する為に、農村が貨幣経済に組み込まれる事は、避けては通る事が出来ないことです。
これは メッセージ 668 (Kmechan さん)への返信です.
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