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近代以降の朝鮮(1)

投稿者: paminami00 投稿日時: 2002/01/24 01:10 投稿番号: [636 / 3669]
昨夜Kmechanさんにレスしようとしたところ何度も失敗し、投稿も消えてしまった。
Kmechanさんの怨念か、はたまた甲申政変で誅殺された朝鮮志士の呪いか。

Kmechanさん説
>実質日本の官憲支配の体制により、奴隷状態に近い状態であったのではないかとの認識
>日本人による土地収奪は開国と同時に始まり
>朝鮮人はむしろ改革をいやがったとはいえない

近代以降の朝鮮情勢を時代順にまとめてみました。
1.大院君政権   1863〜73   腐敗官僚の処罰、儒教的価値観を固守、鎖国攘夷。悪貨鋳造により極度のインフレ、重税により民衆の支持喪失。
2.閔妃派政権   1873〜1882   大院君は流刑。保守勢力が復活、腐敗が深刻化する。農民は税金以外に私税を徴収され過酷な重税にあえぎ、李氏王朝は末期的状態だった。
3.日朝修好条規(江華島条約   1876)   開国
4.壬午軍乱(1882)   開国後の軍備拡張により財政事情が苦しくなり、大院君派が決起。しかし宗主国の清国軍が介入、大院君を天津に連行。わずか1ヶ月で閔妃派政権が復活。
5.甲申政変(1884)危機感をつのらせた朝鮮の親日派若手官僚(独立党)が閔氏政権を打倒するクーデタを敢行。中心は金玉均・朴泳孝ら。日本は支援を約束(竹添進一郎公使)。日本の明治維新を模範とした朝鮮維新である。
甲申政変の14か条の政綱(抜粋)・・・清国への朝貢を廃止。人民平等。門閥を廃止し才能によって官吏を登用。地租法を改革し、奸吏を根絶し、窮民を救済。軍隊の改革。内閣の創設。
6.清軍が介入し改革はわずか3日間で打倒される。清軍の攻撃により日本は撤退。主導者43名中、洪英植ら34名惨殺・処刑、金玉均らは日本に亡命。閔妃派政権が復活。
このように強国の力に頼って保身をはかることを事大主義という。
7.甲午農民戦争(東学党の乱)(1894.5)   社会不安がつのる中、農民への弾圧に対し農民たちは東学の幹部、全ポンジュンを指導者に選び蜂起。閔妃派政権は袁世凱に清の出兵を要請、清軍が派遣されると日本は朝鮮に大軍を送りこんだ。そして日清戦戦争が勃発する。(1894.7)
8.日本の後援により閔氏政権を倒すクーデター勃発(1894.7)   開化派中心の政権が成立する。日本は朝鮮の「内政改革」を要求。
9.甲午改革(1894.7)   甲申政変を継承した近代化政策を推進。洪範14条・・・清との宗属関係廃止、政治機構の改編(国政と王室分離)、財政改革(財政機関一元化、国家予算編成、銀本位制)、身分制度の廃止(奴婢解放)、教育改革(学校設立)

開国前後の朝鮮は腐敗しきった官僚制で、農民は重税と悪政にあえぎ、日本の統治によって奴隷状態になったと主張するほどそれ以前が良好な状況だったとはとても思えません。
また、甲申政変の14か条の政綱や洪範14条は成文化され、身分制度の廃止や窮民救済など朝鮮民族の厚生向上のための改革を日本が後押ししたのは紛れもない史実であり、当時の社会が改革政策と正反対の状況であったことは疑いようはありません。
それに1922年末の日本人農業者土地所有面積は全耕地面積の6%弱だったのに、なぜ1876年の開国と同時に「日本人による土地収奪が始まった」のでしょうか?
日本国民に謝罪・賠償を求める目的で事実のあやふやなことを繰り返すことは歴史以前に捏造、道義的な脅迫と表現されてもしかたないと思いますよ。
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