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>>横レス>>個人補償求 yakuruto1さん

投稿者: yakuruto1 投稿日時: 2002/01/21 14:01 投稿番号: [583 / 3669]
>では朝鮮農民は栗が主食であったというのかならそれなりの根拠をだして頂きたい

北鮮では元々粟を食する事が多く、米よりも雑穀の栽培面積のほうがずっと多かったそうです。

>朝鮮農民が自給自足だったとなにを根拠に言われるのか開国以前に米は市場に出され市が立ち貨幣が流通し、手工業も発達し、船による、集荷や移動も行われ、商業も活発であったのに自給自作とは自給自作を離れ余剰米がだったからこそ商業も発達し、行商人も現れ漢城のような大都市では店もあったではないですか


以下は「朝鮮紀行」   イザベラ・バード   1897年

通貨に関する問題は、当時朝鮮国内を旅行する者を例外なく悩ませ、旅程を大きく左右した。日本の円や銭はソウルと条約港でしか通用しない。銀行や両替商は旅行先のどこにも一軒としてなく、しかも受け取ってもらえる貨幣は、当時公称3200枚で1ドルに相当する穴あき銭(注*日本の寛永通宝のような貨幣)以外になかった。この貸幣は数百枚単位でなわに通してあり、数えるのも運ぶのも厄介だったが、なけれぱないでまたそれも厄介なのである。100円分の穴あき銭を運ぶには6人の男か朝鮮馬1頭がいる。たった10ポンドなのにである!   わたしが旅行の前半に雇った舟はバラスト(注*舟を安定させるために船底に積む重し)が穴あき銭で、わたしは円の銀貨をつめたかぱんを持ち、自分の運のよさをあてにすることにした。そして今回の旅では、それもまんざら役に立たないわけでもなかったのである。

(中略)
銀を穴あき銭に両替しようとしたが、いつも金庫は空っぽだといわれ、誰も銀など信用してくれないか、そもそも銀というものを知らないかで、必需品がなにも買えなかった。さいわい人口1850人の村マギョに着いたときは市の日で、行商人がいそいそと銀35円を1円対3000枚のレートで穴あき銭に替えてくれた。穴あき銭を舟まで運ぶには6人の人手が必要で、舟はまた重たい荷を積むことになった。   (注*1枚3.75gの中国銭と同じと仮定すると両替した35円分の銭10万5千枚は394kgにもなる!!(爆笑)   1円銀貨35枚では0.94kgである)

(中略)
ある大きな村でわたしたちは週に一度立つ市に出くわした。地域の交易について調べてみるのは毎度のことで、調査の結果、通常の意味での「交易」は朝鮮中部と北部のおおかたには存在しない。つまり、ある場所とほかの場所とのあいだで産物を交換し合うことも、そこに住んでいる商人が移出や移入を行うこともなく、供給が地元の需要を上回る産業はないのである。このような状態は朝鮮南部、とくに全羅道でもある程度見られる。平壌をのぞいては、わたしの旅した全域を通して「交易」は存在しない。

このような状況をつくった原因は、朝鮮馬一頭で10ポンドに相当する現金しか運ぺないほど貨幣の価値が低下していること、清(シナ)西部ですら銀行施設があって商取り引きが簡便になっているのに、ここにはその施設がまったくないこと、概して相手を信用しないことである。

(中略)
首都ソウルにおいてすら、最大の商業施設も商店というレベルには達していない。朝鮮ではなにもかもが低く貧しくお粗末なレベルなのである。
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