3・1運動、その未完の片側革命③
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/12/30 18:46 投稿番号: [379 / 3669]
(1)
当時の思想的潮流
いったん3・1運動を前後した思想史的潮流から、しっかり考察しつつ、いかにわが国史(下)教科書が歪曲されているかを、しっかり見てみよう。
当時の思想的潮流は、大きく資本主義vs社会主義の二大山脈によって分かたれていた。産業革命以後、主流をなす思想として存在した資本主義。しかし、当時の資本主義は現在の修正資本主義とは大いに異なる原初的資本主義で、いわば打った張った式の独寡占と、富む者いよいよ富み、貧する者ますます貧するという現象の渦巻く、草創期資本主義だったのだ。それに対する反動として出てきたのが社会主義、すなわちマルキシズムだ。マルキシズムは資本主義の崩壊に対する啓示録的な呪詛を土台に、労働者農民、すなわち非搾取階級の天国を告げる、たぶんに「宗教的、夢幻的な」イデオロギーだったのだ。3・1運動は、ときあたかもこのような二大思想、すなわち社会主義と資本主義の対立の中で孕胎され、生まれることになった。
3・1運動の16カ月前、1917年11月は、人類の歴史に画期をもたらす巨大な事件が起こった、記念碑的な日だ。あれほど堅固にみえた帝政ロシアが、プロレタリアート革命によって打倒され、結局は労働者農民の天国を唱えたマルクスの社会主義国家が、地球上に初めて誕生を告げた年だった。これが、3月革命でできた自由主義者たちの政権を倒した、ロシア11月革命だった。
これはすなわち、資本主義の副作用によって抑圧をうけ、搾取されていた全世界の被搾取民衆たち(そして日本と朝鮮の被搾取階級)にとっては、希望の宣言のようなものだった。労働者農民たち、弱小民族たち、彼らのための世の中が到来するという、宗教的かつ夢幻的な、しかし不完全なイデオロギーに対する信仰は、まさに爆発的だった。
それでなんだって?
コミンテルンを構成し、全世界に社会主義勢力を浸透させようとしたって?
社会主義系列の反帝国主義運動は、じゃあソ連のコミンテルンによる操り人形だったのかね?
あきれちゃうね。だいたい何を考えて、どんな意図でこの文章をここに挿入したんだい?
社会主義系列の力強い活動が自発的なものだったと評価してしまうと、大韓民国の保守階層、あのすばらしい地主と商人出身のブルジョア階級が困った立場におかれちゃうというのか?
(つづく)
これは メッセージ 378 (bosintang さん)への返信です.
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