柳田國男
投稿者: blueskyjapan2006 投稿日時: 2006/06/20 03:11 投稿番号: [3009 / 3669]
「教育制度の完備は教育とい語を梢々不当に狭めて終わった嫌ひがある。
即ち学校の設立を以て教育の普及を験するバロメ−タ−としたことが
教育をこれ以外に認めない風潮を生じた。
従って国の教育史を説く場合極めて貧弱な過去を告げざるを得ず、
僅かに藩校の歴史を挙げ庶民教育と云えば寺子屋の紹介以外
何もなかった。
寺子屋の如きは教育といふ程のものでなかった。
その歴史もせいぜい200年に過ぎなかった。
習字に読み方を教へたと云ふが往来物から進んでは四書五経を素読
させることもあったが、当時の常民にとってそんな知識を必要とする者は
小人数で村の主だちたる名主階級か商人の丁稚奉公に出る者などの教育に
過ぎなかった。
教育は本来もっと生活に即したものだった。」
(柳田國男・大藤時彦共著
現代日本文明史・第18巻・世相史
東洋経済新聞社
1943年
195ペ−ジ)
これは メッセージ 2991 (blueskyjapan2006 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/3009.html