日本人との格差
投稿者: bosintang 投稿日時: 2006/06/19 21:36 投稿番号: [3007 / 3669]
投稿者: bosintang (39歳/男性/在ソウル) 2001年2月08日 午前 2時21分
メッセージ: 457 / 511
>1919年までは、公立普通学校の3.7%だけが朝鮮人児童で日本人児童は91.5%を占めていました。それには、①公立普通学校が町を中心として設立されたこと、②絶対数が足りなかったこと。③高い授業料を払えない朝鮮人児童が多かったことです。
上の数字は、19年の普通学校(朝鮮人)と小学校(日本人)の就学率ですね。
朝鮮人学生数84,306人
日本人学生数42,732人
たしかに格差は大きい。ただし、倍増した書堂の学生数は上に含まれていない。
もし書堂を廃止したうえで、なお学校も作らなかったのなら、教育機会を奪ったといえるけれど……。
>1911年の書堂の数は全国、16,540ヶ所、児童数は141,604人でした。それが1920年になると25,482ヶ所まで膨らみ、児童数は292、625人まで増加します。
この理由は、上記に加え、当時の人々がなお新教育に不信を抱き、伝統的な書堂における漢文素読教育を選好したこともある。また書堂が終日教育を行ったのに学校教育は5時間だったことも学校が不評を買った原因(前掲書)。
③についていえば、たしかに教育は有償が原則だったが、不人気の実業学校は無償で生徒を募集していたところもあったそうだ。
>その間、多くの私立学校は無理やり廃校を強いられ、教育の空洞化が進んだ田舎では事実上書堂がその役割を担わざるを得なかったのです。
これはちょっとちがう。
私立学校はソウルや平壌など北部に多く、書堂は保守的な南部に多かった。棲みわけていたということです。
これは メッセージ 3006 (bosintang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/a2a1a53a5ja5a24xoa2bdqc0ra2a1_1/3007.html