愛国啓蒙運動
投稿者: bosintang 投稿日時: 2006/06/19 21:21 投稿番号: [3006 / 3669]
投稿者: bosintang (39歳/男性/在ソウル) 2001年2月08日 午前 2時20分
メッセージ: 456 / 511
>1911年朝鮮各地で公立小学校(普通学校、4年制)が設立されるが、これはこの間言った通り、私立の公立化への変化に過ぎない。
朝鮮末の愛国啓蒙運動の旋風が巻き起こったとき、全国に私立学校が乱立した。それら私立学校の公立学校への改編は、実際、一部で行われた(統監府時代)ようだが、国民の不満が大きく、一般的な流れにはならなかったはず。
「政府は普通教育の拡張を推進するにあたり、比較的設備の整った私立学校を公立普通学校に改編すると同時に、その財産を公有化した」(呉天錫『韓国近代教育史』)
そもそも、11年当時数千(認可されたもので2250)あった私立学校の実態とは、
「設立するのは自由であったから、設備・施設維持・財産・資格教師などの問題はほったらかしにされて学校ばかりがどんどん建っていった」
「時代的風潮を利用して学校を建て、自分の生計をまかなおうとしたものも少なくなかったし、住民から強制的に寄付金を徴収する悪漢もいた」(前掲書)
>その10年間私立はその間2250校(1908年)から742学校(1919年)まで減少しています。
これらには、弾圧により廃校になったところが多かったのだろうけど、不実零細学校の淘汰もあったと思う(主として資金難で)。
年度はややずれるが、1912〜19年の私立学校学生数の変化は、
57,735人(12年)
41,527人(19年)
学校数の激減に比して、学生数はそれほど減ってない。
これは メッセージ 3005 (bosintang さん)への返信です.
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