シドニー-28話-柿の木とアンテナー2
投稿者: ilkuji_99 投稿日時: 2006/05/25 15:21 投稿番号: [2800 / 3669]
実習船で6ヶ月間、実習航海士で乗船しながら靴底が磨り減ってなくなるほど毎日目まぐるしかったがたまに娯楽時間に外国のカラーTV番組が取れる日は祭のようだった。当時、国には未だカラー放送が放映される前だった。アンテナの受信状態は悪く船が停泊中にも潮流や風の方向によってはよくみえないときがある。ところが鉄製ブリピングチャートを巻くと鉄棒になるがそれをTVモニターの周りにある窓の外に半分ほど出しておくと画面がよく映る。棒とTVをつなげたものでもないが不思議なことによく映るのだ。そうやって同僚たちとTVをみていたら年寄りの練習監が入ってはなぜ鉄棒を外へ出すのかと聞くのでアンテナだと答えたら“これがアンテナか?”と物凄く怒って発狂したことが思い出される。アンテナによっては必ず連結しなくてもいいとわかった。
空は柿の木の枝で切れ切れとなり、その切れた空を今度はくもの巣みたいなアンテナがもっと細かく分けているというべきか。木製の寝台に横になってアンテナを注視していたら螺旋形の針金コードに乗り回って回って体が吸収されるような感じがしてひやっとする気分になる。まるで地球のブラックホールに落ち込んで地上から永遠に消える魔の三角地帯を眺めているというべきか。日暮れで空はやや暗くなり月光に反射されたアンテナコードだけその輪郭を残した状態で横になりぼーっと見つめていてたら今度はアンテナを中心に寝台がくるくる回るような感じがしてめまいがする。
いきなり雷魚が水で遊んでるような音がどぶんどぶん聴こえてきて我に返ったら隣の家の塀の下で浴槽で入浴中の子供の遊びだとわかった。幻の旅へ立発つとうとしたが現実に戻ってきたのだ。その後も長い年月が経ったあと、電気が入り、TVが普及し、新聞も発行と同時に手に入れられるようになったのでラジオは聞くこともなく、アンテナも消えてしまった。もしかしてあのアンテナは当時、文明と隔離された地点から覚めた世界へ出ようとした潜在的な欲望を充足させる象徴物として俺に近づいたのではないだろうか。
これは メッセージ 2799 (ilkuji_99 さん)への返信です.
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