シドニー-28話-柿の木とアンテナー1
投稿者: ilkuji_99 投稿日時: 2006/05/25 15:20 投稿番号: [2799 / 3669]
シティにあるアジアン食品店の籠の中に風雅にみえる真っ赤の紅柿をみていたら故郷の紅柿への思い出がフラッシュ・バックしてしかたがない。
筆者の故郷は都市から市外バスで2時間ほど砂利道をがたがた走っては疲れた果てに至る田舎の裾の末である。夏休みを迎え田舎へ降りていくと番小屋でスイカを食べ川端で魚を捕るのが楽しみだった。蒸し暑さに茂る緑陰の中に隠れていたせみはミーンミーンと合唱し真夏を謳歌してはおのずから疲れ、静かになると縁側に伏せて本を読んでいた従弟も午睡に勝てなく昼ねに落ちたりした季節が通り過ぎ、朝夕冷たい風がそよそよ吹いてきてかなり寒気を感じ始める初秋の夕暮れ。前の庭においてある木製寝台に横たわり空を見つめてたら秋のそらはあちこちごじゃごじゃ柿の木の枝に切れ切れになり奇異な気分を感じた記憶がある。
柿木の谷という村が他にあるかは知らないもののこの村こそ柿の木がありふれていて一軒屋に3−4本は普通で塀を越えて人道まで枝が伸びて秋の紅柿が熟れる頃には道を歩いてたら頭が柿洗礼をうけないとも断言できないほどだ。取ってとって残ったものは道やどこにも落ちて足に踏まれるほどになると秋もよく熟れてそろそろ越冬準備をはじめる頃になる。都会では季節じゃないならお金をいくら出しても買えない果物で、よく熟れた紅柿を食べ続けたらもう飽きて食事も省くこともあるが、そういう紅柿が足に踏まれるくらいになると状況は全く変ってくる。みるだけでも嫌になり、近づくのも嫌になる。
ところでこういう紅柿の独特な処分方を偶然に発見した。田舎では収穫を終えて胚の落ちた米を集めて蒸し餅を作っておくのだが、黄色い小豆粉がついた四角の餅の上に紅柿を塗って食べると珍味だった。一種のジャムというか。真冬の間食で凄く人気があった。一方、紅柿になる前、硬くよく熟れたものだけ選んで皮をナイフで抜いてそのまま乾かすと串柿になる。小学校のとき、田舎ではじめて対面した串柿を味わってはこんなに甘く美味い食べ物があると知ると同時に串柿マニアになった。乾燥台に将棋の碁盤の目のように並べられている串柿を未だ完全に乾燥してないものを通り過ぎるたび一つづつ食べていたらすぐばれて文句をいわれる。
その当時、村には電気もなく夜がとても長い時間だった。日が暮れると石油灯に火をつけるのだが都会で明るい電気灯に慣れた目には石油灯では暗くて本が読めない。TVはさておきトランジスターラジオは背中に大きなバッテリを負ぶって、アンテナを高空につけて電波受信状態がよかったらやっと放送が聴こえる。そういうわけで柿の木の枝の先にアンテナをつけたそうだ。針金のコードをくもの巣のように放射線状に張り、後ろに十字架をつけてつくったのがアンテナなのだ。そのアンテナを柿の木のてっぺんにつけといたら妙なアンサンブルを演出する。
筆者の故郷は都市から市外バスで2時間ほど砂利道をがたがた走っては疲れた果てに至る田舎の裾の末である。夏休みを迎え田舎へ降りていくと番小屋でスイカを食べ川端で魚を捕るのが楽しみだった。蒸し暑さに茂る緑陰の中に隠れていたせみはミーンミーンと合唱し真夏を謳歌してはおのずから疲れ、静かになると縁側に伏せて本を読んでいた従弟も午睡に勝てなく昼ねに落ちたりした季節が通り過ぎ、朝夕冷たい風がそよそよ吹いてきてかなり寒気を感じ始める初秋の夕暮れ。前の庭においてある木製寝台に横たわり空を見つめてたら秋のそらはあちこちごじゃごじゃ柿の木の枝に切れ切れになり奇異な気分を感じた記憶がある。
柿木の谷という村が他にあるかは知らないもののこの村こそ柿の木がありふれていて一軒屋に3−4本は普通で塀を越えて人道まで枝が伸びて秋の紅柿が熟れる頃には道を歩いてたら頭が柿洗礼をうけないとも断言できないほどだ。取ってとって残ったものは道やどこにも落ちて足に踏まれるほどになると秋もよく熟れてそろそろ越冬準備をはじめる頃になる。都会では季節じゃないならお金をいくら出しても買えない果物で、よく熟れた紅柿を食べ続けたらもう飽きて食事も省くこともあるが、そういう紅柿が足に踏まれるくらいになると状況は全く変ってくる。みるだけでも嫌になり、近づくのも嫌になる。
ところでこういう紅柿の独特な処分方を偶然に発見した。田舎では収穫を終えて胚の落ちた米を集めて蒸し餅を作っておくのだが、黄色い小豆粉がついた四角の餅の上に紅柿を塗って食べると珍味だった。一種のジャムというか。真冬の間食で凄く人気があった。一方、紅柿になる前、硬くよく熟れたものだけ選んで皮をナイフで抜いてそのまま乾かすと串柿になる。小学校のとき、田舎ではじめて対面した串柿を味わってはこんなに甘く美味い食べ物があると知ると同時に串柿マニアになった。乾燥台に将棋の碁盤の目のように並べられている串柿を未だ完全に乾燥してないものを通り過ぎるたび一つづつ食べていたらすぐばれて文句をいわれる。
その当時、村には電気もなく夜がとても長い時間だった。日が暮れると石油灯に火をつけるのだが都会で明るい電気灯に慣れた目には石油灯では暗くて本が読めない。TVはさておきトランジスターラジオは背中に大きなバッテリを負ぶって、アンテナを高空につけて電波受信状態がよかったらやっと放送が聴こえる。そういうわけで柿の木の枝の先にアンテナをつけたそうだ。針金のコードをくもの巣のように放射線状に張り、後ろに十字架をつけてつくったのがアンテナなのだ。そのアンテナを柿の木のてっぺんにつけといたら妙なアンサンブルを演出する。
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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