うむ
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/07/06 23:58 投稿番号: [2543 / 3669]
どうやらアッシは完全にイルちゃんにスルーされたっす。(笑)
まあいいか。
それよりも、一番関心があり、かつ、未だに明確な答えが得られていないのは、「なぜ韓国人(北はそれほどでもないように思える)は、古代史に執着するのか?」です。
理由は想像できるが、想像では済ませたくないけど、しかし答えは誰も言わない。いや、言いたくないのかな、と、それこそ「想像」してしまうわけですが。
面白いのは、日本も朝鮮も、お互いに完全な別種と見なしていたのが、急に重箱の隅をつつくように「同質性」のこじつけを始めたのは、やはり朝鮮総督府の統治政策の残滓だと思います。(同じ事は、実は清の太宗ホンタイジも朝鮮に対しておこなった。)
まあ日本のは、せいぜい『紀記』で分かる範囲の事に限られているが、それを「想像」で超えてしまい、寺内や小磯などの朝鮮総督までが、それのトラップにかかって信じ切ってしまっている。
それを忠実に韓国人が継承しているのは、蓋し面白いと言えましょうか。
なお、ワタシが知る限り、唯一、「日鮮同祖論」の手がかりめいたものは、日本にありますね。
北畠親房の『神皇正統記』。
この本では、「桓武天皇の御代に、日本人は三韓と同種だと書かれた本を焼き捨てたとの事だ」と書かれていますが、その前後が大切です。(ワタシもこの本を持っています。)
要約すれば、「当時外来系の氏族が、勝手に自分らの家系を捏造し始めてゴチャゴチャになりつつあったので、それを食い止めるべく『新撰姓氏録』を編纂したのだ。もし三韓云々と言うなら、スサノオノミコトも新羅の地に降臨しておられるので、ならば半島人は日本の神の子孫という言い方も出来るではないか」と。結論で、「また、皇室が呉の太伯の子孫だという説もあるが、そもそも時代が違うではないか(これは、『日本書紀』を信じた結果の言い方)。いずれにせよ、日本は他国とは違うユニークな国なのだ」と。いわば、「皇国史観」とでも言えましょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・
素戔嗚尊が新羅に行ってすぐ帰ったという記録は、神話の中の本文では無い異説を述べた箇所のさらにほんの一部にあるだけなのですが、それだけを取り出して大きく話を拡げて、「だから大和朝廷の先祖は朝鮮から来た」としてしまいます。
また、北畠親房の引用文の中の「昔日本は三韓と同種なりと云ふ事の有りしが・・・」という箇所だけを取り出して、その前後から来る文意を無視し、さらに『神皇正統記』全体に流れる北畠親房の歴史観もまったく無視して、「このような勤王派に属する人までが、躊躇もなく古代の日韓の支配層が同種であると記している」と言い切っている人がいます。その人は韓国の文学博士らしいです。
http://www.kenkenfukuyo.org/reki/ormoru/seibo/seibo13.html
ちなみに、この一部分だけの引用は、この掲示板でも何回か見ています。
また、桓武天皇がらみの今上の「ゆかり」発言は、イニ(ケロンパ=バカJ)もさんざん引っ張り出していますが、もう痛々しい。
まあいいか。
それよりも、一番関心があり、かつ、未だに明確な答えが得られていないのは、「なぜ韓国人(北はそれほどでもないように思える)は、古代史に執着するのか?」です。
理由は想像できるが、想像では済ませたくないけど、しかし答えは誰も言わない。いや、言いたくないのかな、と、それこそ「想像」してしまうわけですが。
面白いのは、日本も朝鮮も、お互いに完全な別種と見なしていたのが、急に重箱の隅をつつくように「同質性」のこじつけを始めたのは、やはり朝鮮総督府の統治政策の残滓だと思います。(同じ事は、実は清の太宗ホンタイジも朝鮮に対しておこなった。)
まあ日本のは、せいぜい『紀記』で分かる範囲の事に限られているが、それを「想像」で超えてしまい、寺内や小磯などの朝鮮総督までが、それのトラップにかかって信じ切ってしまっている。
それを忠実に韓国人が継承しているのは、蓋し面白いと言えましょうか。
なお、ワタシが知る限り、唯一、「日鮮同祖論」の手がかりめいたものは、日本にありますね。
北畠親房の『神皇正統記』。
この本では、「桓武天皇の御代に、日本人は三韓と同種だと書かれた本を焼き捨てたとの事だ」と書かれていますが、その前後が大切です。(ワタシもこの本を持っています。)
要約すれば、「当時外来系の氏族が、勝手に自分らの家系を捏造し始めてゴチャゴチャになりつつあったので、それを食い止めるべく『新撰姓氏録』を編纂したのだ。もし三韓云々と言うなら、スサノオノミコトも新羅の地に降臨しておられるので、ならば半島人は日本の神の子孫という言い方も出来るではないか」と。結論で、「また、皇室が呉の太伯の子孫だという説もあるが、そもそも時代が違うではないか(これは、『日本書紀』を信じた結果の言い方)。いずれにせよ、日本は他国とは違うユニークな国なのだ」と。いわば、「皇国史観」とでも言えましょうか。
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素戔嗚尊が新羅に行ってすぐ帰ったという記録は、神話の中の本文では無い異説を述べた箇所のさらにほんの一部にあるだけなのですが、それだけを取り出して大きく話を拡げて、「だから大和朝廷の先祖は朝鮮から来た」としてしまいます。
また、北畠親房の引用文の中の「昔日本は三韓と同種なりと云ふ事の有りしが・・・」という箇所だけを取り出して、その前後から来る文意を無視し、さらに『神皇正統記』全体に流れる北畠親房の歴史観もまったく無視して、「このような勤王派に属する人までが、躊躇もなく古代の日韓の支配層が同種であると記している」と言い切っている人がいます。その人は韓国の文学博士らしいです。
http://www.kenkenfukuyo.org/reki/ormoru/seibo/seibo13.html
ちなみに、この一部分だけの引用は、この掲示板でも何回か見ています。
また、桓武天皇がらみの今上の「ゆかり」発言は、イニ(ケロンパ=バカJ)もさんざん引っ張り出していますが、もう痛々しい。
これは メッセージ 2541 (J_Fooker さん)への返信です.
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