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安田敏朗『「言語」の構築』(再)

投稿者: bosintang 投稿日時: 2004/01/11 02:11 投稿番号: [1757 / 3669]
−小倉進平と植民地朝鮮−(三元社,1999)

以前、小倉進平について、
>日本人の中で、朝鮮語の最高権威だったはずだから、朝鮮語の標準化、ハングル正書法の制定に影響力は発揮しただろうね。

と書きましたが、標題本を読んだので、紹介します。


1966年に財団法人友邦協会が発行した「友邦シリーズ第三号」に,総督府官僚の文として
「朝鮮の諺文は,李朝世宗の創製以来五百年,殆ど進歩を見ず,さながら庶民社会の文字として蔑まれていたもので,これを現代の朝鮮語に完成させるためには実に,金沢,小倉両博士を主とする日本の学者達の大きな貢献があったのである」
とある。
安田敏朗『「言語」の構築−小倉進平と植民地朝鮮』は,その文言に違和感を感じたところから出発している。

  小倉の略歴は,1882年生まれ,1906年東京帝国大学言語学科卒,1910まで東大大学院で日本語研究,明治大学講師を経て,1911年,朝鮮総督府学務曲編輯課勤務。高校,医学専門学校教授を兼任し,19年,編修官。24年,英仏米に留学。26年,京城帝国大学教授。43年定年退官。44年死去。

  主な業績は,『朝鮮語学史』(1920),『国語及朝鮮語のため』(1920),『国語及朝鮮語発音概説』(1923),『南部朝鮮の方言』(1924),『郷歌及び吏読の研究』(1929),『朝鮮語方言の研究』(1944)。

  11年以降の「編輯課員」としての仕事は,1907年に統監府で発行された教科書(大部分は日本語で記述,「朝鮮語及漢文読本」のみ朝鮮語と漢文が使われている)の小規模改訂作業だったようだ。
  19年,編修官になってからは,第二次朝鮮教育令に準拠した教科書の編纂にあたり,李能和などとともに,「普通学校朝鮮語読本」の編集をしていた。

  一方,1911年に総督府で編纂が開始され,20年に完成した『朝鮮語辞典』は,ちょうど小倉の在任と重なるが,自著『朝鮮語学史』の中で,この辞典は「朝鮮人の著」に分類していることからもわかる通り,主に多数の朝鮮人学者の手によって作られたもので,小倉は途中から参加し,任された仕事は,「文例の修正,統一」。

  小倉の弟子の河野六郎によれば,「当時編集を主宰していた総督府某官吏は小倉博士の意見を採用せず,為に博士はこの辞典に満足して居られなかった」とのこと。

  いずれにしても,小倉が中心となって辞典を編纂したとはいえない。

  小倉の主たる関心は,方言研究であり,それに基づいた古代語(新羅の郷歌)の研究だった。
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