誰による収奪だったのか?4
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/07/21 14:05 投稿番号: [161 / 3669]
二つ目の疑問がわく。糧穀収奪によって、農村経済が崩壊したというが、地主たちは健在だったのか?
地主とは、土地をたくさん保有する人のことだ。地主とは、一般に「小作農制度に基盤をおいた大規模農場を所有する農民」にあたる。地主は自分の土地から産出される糧穀に基づいて富を創出するからだ。ならば、日帝の「糧穀収奪」によって農村経済が「破綻」に陥ったというが、どこから出たお金で伝統的な「農業に基盤していた」地主階層が「大規模設備工場」(たとえば紡績工場、メリヤス工場、ゴム靴工場、鉱山、精米所、醸造所等々)を建設したというのか?
しかるに、日本領朝鮮の米穀生産の3分の1が「収奪」された。米穀の販売して資本を蓄積したはずの地主階級は、じゃあどうやって「収奪」を逃れ「富」を蓄積できたのか?
わが国は解放後の1960年代まで、伝統的な農業国だった。農業国で米穀生産量の3分の1を奪われるということは、経済の破綻を意味する。なのに経済が破綻するどころか、資本蓄積がされたって?
小作農は、収穫の50%以上を小作料として納めた。では、小作農の収入50%から米穀を収奪していったのか?
いや地主の取り分50%から収奪していったのか?
これもやはり、筆者はどうしても答えを見いだすことができなかった。どうか、ご存じの読者の方々、情報提供メールをくださるようお願いします。
これは メッセージ 160 (bosintang さん)への返信です.
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