南部令一『海隔つとも』
投稿者: bosintang 投稿日時: 2003/01/03 00:46 投稿番号: [1317 / 3669]
植民地朝鮮の回想録をもう一つ。
南部令一『海隔つとも−韓国の教え子たち』(白地社,1984)
1940年から終戦まで,5年間,植民地朝鮮の中学校で国語を教えた教師の回想録。34年ぶりに韓国を訪問し,かつての教え子に温かく迎えられたことが出版の契機になったという。
教育に情熱をもつ23歳の教師が,朝鮮半島の若者を愛情をもって教育し,立派な人材に育てるべく奮闘する様子が描かれる。とはいえ,本の3分の2以上は,敗戦(光復)以後,帰国までの3カ月間の苦労話に費やされている。
植民地における支配者として権力をかさに着てえばりくさったり,あこぎな商売をする日本人,その日本人に取り入って立身出世を図り光復と同時に袋叩きにされる「親日派」,戦時朝鮮のさまざまな人間模様が興味深い。
この期間に実施された「志願兵制度」の「志願」の実態,「料亭」という名の売春宿を経営し,田舎出の少女を騙しては戦地の慰安所に送り込む日本人。植民地経験者の証言として,資料的価値もある。
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na4aba1a9&sid=1835396&mid=4159
自叙伝でもあり,自分のことは身びいきもあって,朝鮮人思いの「正しい日本人」として描かれるのはいたしかたないが,また実際そのとおりだったのではあろうけれど,34年ぶりの教え子たちとの邂逅の場面が印象的だ。
著者は,終始日本語で語り合いながら,教え子がついでくれる酒を左手で受けるという失態をおかし,相手が真っ赤になって怒る理由がわからない。韓国において左手で酒を受けることがいかに礼に反するか,知らなかったのだ。うろおぼえの「アリラン」を口ずさむが,その歌詞の意味はまったくわからない。朝鮮で5年間過ごしながら,一言も朝鮮語を解さない,解さなくても暮らして行けた……。これが当時の国語常用政策と,支配者として君臨していた日本人のうすら寒い実態なのだった。
これは メッセージ 1301 (bosintang さん)への返信です.
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