>>志願兵について
投稿者: bosintang 投稿日時: 2001/05/14 23:37 投稿番号: [4159 / 60270]
>>志願兵が、文字通りの「志願」であったかどうかは議論の余地があります。
>「志願兵」はその文字通り存在し、大変応募が多かったはずです。
たとえば42年は、4500人の採用に対して志願者が254,273人で、倍率60倍に近いですね。
私は1940年から終戦まで、5年間を朝鮮の中学校で教師として働いた人の回想録を読んだのですが、そこに著者が現地で見た志願兵募集の実態が書かれていました。
新聞には、「志願兵制は、朝鮮の青年が、立派な皇国臣民であることを立証する千載一遇の好機」と宣伝していた。やがて青年たちの間からも志願兵に応募しようと言う声が高くなる。自分の手の指を切り、血書をしたためて志願する者も現れ、美談として紹介された。
そんなある日、最上級生のみ午後の授業が打ちきられ、警察署で全員が身体検査を受けることになった。剣道講師をつとめる巡査部長が引率したが、何の検査なのか、生徒はおろか一般教師にも知らされていなかった。
検査が始まる直前に生徒が騒ぎ出した。「これは何のための検査なんだ」「授業をなぜ打ちきるのだ」「ボイコットしよう」
巡査部長が見かねて一喝したあと、
「さて、諸君、今から実施する検査は志願兵に推薦する際の資料を作るためだ……」
そのときある生徒がつぶやいた。
「こんなむちゃをされるくらいなら、満州の金日成のところへ奔ったほうがましだ」
これが巡査部長の耳に入り、身体検査は他の警官に任せて、その生徒は本署へ連行された。
成績優秀で模範生だった生徒に寛大な処置を、という学校の陳情にもかかわらず、生徒は学校に戻ることはなかった。しばらくして、生徒が卒業をまたずに退学、志願兵に志願したという噂が伝わってきた。
南部令一『海隔つとも−韓国の教え子たち』(白地社1984)
私は、身体検査を受けさせられた人数が、志願者にカウントされたのではないかと睨んでます(根拠はありません)。
>>一人として勲章にふさわしい状況下で死を迎えた者はいなかったそうです。
>あの戦争での「勲章にふさわしい状況下での死」など、極々わずかであり、大部分は南方のジャングルを徘徊したあげくの、野垂れ死にでした。
戦死した日本兵250万人の約7割が広義の餓死だったそうですね。
これは メッセージ 4136 (Why_Do_You_Think_That さん)への返信です.
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