Re: ■百済時代の鉄製鎧兜公開 …
投稿者: minaminosimamade 投稿日時: 2007/11/25 20:03 投稿番号: [1105 / 4080]
炭素の含量を調べると現在10年単位で正確に年代がわかります。さらに原料や技術やデザインを詳細に調べる事で産地もほぼ特定できる時代になりました。しかし装置は日本にしかなく中国韓国には残念ながら存在しません。
古代ローマ帝国には装飾品としての武器などかなり繊細な物がありますので極東アジアの各国に出土してもさほど不思議ではありません。しかも同じ物が各国で出土することで当時の貿易がどのように行なわれていたのかも推測されます。
>つばを持つ兜は1cm間隔で多数の鉄板を鉄鋲で連結して作られており、百済時代の鉄製品製造技術が繊細で精緻だったことを示しています。
>百済の先進文化が日本列島へ伝えられた様子をはっきりと示す資料だと思います。
「百済の先進文化」は間違いで「百済の文明文化」です。
イタリアやアラブ諸国から輸入される新技術は中国や韓国を通過し日本に入ってきました。日本人は当時から新し物好きでしたから韓国人にとっては最高の貿易相手でした。ところが日本人は“異国文化を取り入れ更に新しい物を作り出してしまう特異な民族”でした。しかもその技術は繊細かつ精緻です。輸入も盛んでしたが更に品質の良い物を作り上げ輸出は輸入以上でした。
製鉄技術も稲作農耕も外国から入ってきた技術です。その点では日本も韓国も同様です。その頃は国も国境も無く「村」や「族」が単位だったことを忘れてはなりません。
これは メッセージ 1102 (japanese_chosun さん)への返信です.
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