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>>アメ車の板バネ

投稿者: asia_bambaataa 投稿日時: 2005/08/08 17:27 投稿番号: [25620 / 49973]
えっ?そんな物が有ったんですかぁ・・・!!

確かに鋼ですから研げば斬れますよね・・・。

今度製作してみようかな…なんて(笑)

>米海兵隊のマニュアル

投稿者: asia_bambaataa 投稿日時: 2005/08/08 17:23 投稿番号: [25619 / 49973]
うっ、当時海兵隊が有った事も初めて知りました(汗)

しかし、当時の軍刀、先祖伝来の物や名刀を購入した方が少なからず居られた事を考えるとやはり「支柱」になっていたんだろうな…とは感じます。

もし自分だったら・・・と考えますと先祖伝来の刀はやはり手放せないですものね。

訂正: 山本五十六とゼロセン

投稿者: pascardchaann 投稿日時: 2005/08/08 17:19 投稿番号: [25618 / 49973]
1.「指令長官」は「司令長官」の誤りです。申し訳ありません。

2.「零戦」を「レイセン」とよんだのか「ゼロセン」とよんだのか、わかりません。
早断の可能性があります。重ねてお許しを。

>アメ車の板バネ

投稿者: toapnglang 投稿日時: 2005/08/08 17:13 投稿番号: [25617 / 49973]
いわゆる「スプリング」刀ですね。意外とよく斬れ、耐久性も悪くなく実戦には適していたとか。
大陸戦線で軍刀の修理にあたっていた刀工の成瀬寛次のお弟子さんがその経験を踏まえてつくった刀は、試し切りにおいて、美術品としてはともかく実戦的と高い評価を得たと聞きます。

>『刀』は聖なる対象

投稿者: asia_bambaataa 投稿日時: 2005/08/08 17:11 投稿番号: [25616 / 49973]
>刀が神聖か否かは別としまして。

刀が聖なる対象となったのは江戸中期からと思います。
「奉納刀」とかは別として戦国期には単なる武器でしか無かったと思います。

しかしこれはアメリカの番組ですので殊更ミステリアスに見えたのかも知れませんね。

みなさ〜ん

投稿者: fufushounyu 投稿日時: 2005/08/08 17:11 投稿番号: [25615 / 49973]
選挙ですよ!
選挙権の無い連中を必要以上に擁護する売国議員を落選させましょう^^

山本五十六とゼロセン

投稿者: pascardchaann 投稿日時: 2005/08/08 17:05 投稿番号: [25614 / 49973]
本気兄。

「最後の海軍大将井上成美」(宮野澄著:S57−11−25:文春)のp174に下記の記述があります。

>   さらに九月下旬、東京に連合艦隊の全艦隊の指令長官が集合した。  
井上(成美中将)ももちろん出席したが、その時の山本の沈痛な告白が、長く井上の耳朶に残った。
「零戦わずか三百機しかない!」   <

     −−−−−−

阿川弘之氏の「米内」、「山本」、「井上」三部作には、上記に該当するところが見当たりません。

実際に、山本長官が「ゼロセン」といったのか、著者の言葉か、確認出来ません。

ご参考まで。

>>>パーソナル・エンブレム

投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2005/08/08 17:02 投稿番号: [25613 / 49973]
今の韓国軍なら、日本のアニメの美少女だったりして。

軍刀

投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2005/08/08 17:01 投稿番号: [25612 / 49973]
下士官でも曹長には軍刀が支給されたんですが、アメ車の板バネを刀の形に加工して焼きを入れただけだったりしたそうです。

>>パーソナル・エンブレム

投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2005/08/08 17:01 投稿番号: [25611 / 49973]

>空想の動物かな?

やっぱし   憧憬の「龍」では?(笑)

何しろ琉球にも差をつけられてしまったし(笑)

>パーソナル・エンブレム

投稿者: doronpa90 投稿日時: 2005/08/08 16:58 投稿番号: [25610 / 49973]
朝鮮ではタンクや飛行機にどんな絵を描くんでしょうな?

空想の動物かな?

だって現実の動物はみんな食い物ですからね。

『刀』は聖なる対象

投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/08/08 16:57 投稿番号: [25609 / 49973]
>「日本人に取って『刀』は聖なる対象であって、それを持つ者が指揮官で有るからまず指揮刀を持つ人間を狙え。そうすれば部隊は崩れる」

まぁ、刀が神聖か否かは別としまして。

昔から指揮官が倒れれば、部隊は崩壊しやすいですね。
戦国末期に至っても、結局部隊の士気の保持は、武将の個人的勇気に依存していましたし。

人口密集型地域(アジア)と人口希薄型地帯(欧州)の差と言いますか。

アジアでは部隊は全てトップにかかってくる。
欧州はいま少し、部隊運用が強固な面が、16世紀より確立していましたから。

一例ですが。

ドイツ陸軍では下士官に下級将校(小隊長)教育を。
古兵(上等兵クラス)に下士官(分隊長・小隊下士官)教育を。
下級将校には中級指揮官(大隊・中隊長)教育を。
施していたそうです。
代理指揮官が途切れないように。

>>>一発必中現場の声 追記

投稿者: asia_bambaataa 投稿日時: 2005/08/08 16:56 投稿番号: [25608 / 49973]
そうだ、思い出しました。

この番組、日本軍と米軍を色々な角度から比較して検証した内容だったのですが、「日本軍は指揮官より『刀』に鼓舞された」なんて事を言っておりました。

「だから『刀』が無くなると部隊の指揮は著しく低下した」とも。

日本軍と交戦した元米兵の談から検証しておりました。

それともう一つが「菊の御紋」。
各銃器の「菊の御紋」も重要だったと・・・。

故に敗戦時に武装解除して武器類を東京湾に沈める時に「菊の御紋」を削り取って廃棄したと締めくくっておりました。

パーソナル・エンブレム

投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2005/08/08 16:53 投稿番号: [25607 / 49973]
>自身の戦車に「家紋」の旗を掲げていたので、遠目にも指揮官戦車と判り、真っ先に撃破されたとか。

それは、かっこいいですね。
日本軍も幟や馬印を付ければよかったのに。
百姓出身でも、指揮官になれたので、
「〇〇
  〇〇
  〇〇
  △
  た」とかの旗だったりして。

狙撃

投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/08/08 16:44 投稿番号: [25606 / 49973]
指揮官と通信兵。

これが最も狙われやすかったと言います。

その意味では、基本的に二等兵も元帥も、コンバット・ドレス(戦闘服)のデザインが同じだった米軍は、一番狙いにくかったようで。

日本軍指揮官は「軍刀」
ドイツ軍指揮官は「軍服」
英軍指揮官も「軍服」

米軍以外は、将校と下士官兵の外見の差異が大きかったようで。

*余談ですが、英軍戦車隊(ロイヤル・タンク・レジメント)の指揮官平均年齢は、
かなり低かったそうです。

自身の戦車に「家紋」の旗を掲げていたので、遠目にも指揮官戦車と判り、真っ先に撃破されたとか。
が、ジョンブルの頑固と言うか。
それでも止めなかったそうで・・・

>れ>>一発必中現場の声

投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2005/08/08 16:43 投稿番号: [25605 / 49973]
あさま山荘でも、指揮官マークが次々に狙撃されるので、隊長マークを外させたとか。

いや、そうでしょうよ

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/08/08 16:42 投稿番号: [25604 / 49973]
その通りじゃないですか?

偶然、日本の場合、指揮官が軍刀をふりかざしているだけであって。

お考えどおりではないかと。

米海兵隊のマニュアルだと、さらに、日本兵は銃を神聖視しているから(菊の御紋があるからでしょうか)、絶対に手放さない。だから、白兵戦では相手の目を突いたりして倒せばいい、と書かれていたとか。

れ>>一発必中現場の声

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2005/08/08 16:39 投稿番号: [25603 / 49973]
>日本軍も、少しでも指揮してるような素振りをしてるモノを狙撃したようです。

日露戦争の折も、乃木を司令官のストライプで見極めて、狙って撃ってきたそうで、幕僚が、敵兵の見えるところには姿を出さないように、と注意しました。

>>>>需要と供給

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/08/08 16:39 投稿番号: [25602 / 49973]
結局、エトさんの話ともダブりますが、つまりマジでアメリカと戦争をする気は無かった、いや、希望的観測で西太平洋での邀撃・短期決戦のみを考えていたんでしょうね。(これは実は、アメリカも同様に西太平洋での決戦を考えていたようではあるんですが、山本元帥がそれをひっくり返してしまったとも言えるかも。)

>>>一発必中現場の声

投稿者: asia_bambaataa 投稿日時: 2005/08/08 16:38 投稿番号: [25601 / 49973]
> 考えることは何処の国も同じで・・・

ちょっと考えてみれば、古来よりそりゃそうですよね(汗)

なんか「刀」に惹かれて妙に感心してた自分が恥ずかしい・・・(滝汗)

>>一発必中現場の声

投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2005/08/08 16:32 投稿番号: [25600 / 49973]
考えることは何処の国も同じで、日本軍も、少しでも指揮してるような素振りをしてるモノを狙撃したようです。

>>>需要と供給

投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2005/08/08 16:30 投稿番号: [25599 / 49973]
零戦も、元々空母と陸上基地を合わせても1000機もあればと思ってたので、生産性より性能を重視してしまったから生産性は、あまり考慮されてないそうです。
最初から10000機も作るなら、考えも違ったんでしょうね。

>一発必中現場の声

投稿者: asia_bambaataa 投稿日時: 2005/08/08 16:24 投稿番号: [25598 / 49973]
ピントがずれてたら済みません(汗)

先の「互換性」を検証してたアメリカの番組でもうひとつ興味深かったのが、「日本人に取って『刀』は聖なる対象であって、それを持つ者が指揮官で有るからまず指揮刀を持つ人間を狙え。そうすれば部隊は崩れる」と米軍では現場に通達していたそうです。

しかし、本当に皆さん兵器にお詳しいですね。

戦国時代なら多少は着いて行けると思うのですが…(笑)

>>需要と供給

投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2005/08/08 16:19 投稿番号: [25597 / 49973]

後知恵で言うのも何ですが

日本は本当に「総力戦」なんて望んでいなかったんでしょうね

弾丸等の互換性に関して言えば…
対支那戦争だけなら   陸軍スタンダードな仕様でも戦える
また   海軍がそれをサポートする分には   規格の統一をする必要がなかった

対米戦争に関しても   敵に痛打を与えて講話するという  
短期決戦で済むと考えて   長期的展望に欠けた戦略を持っていた

>、「本当に戦争をする気だったのか?」
と問われれば
(対米戦争に関して言えば)そんなつもりは毛頭無かった   と答えてくるかも知れません

>需要と供給

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/08/08 16:09 投稿番号: [25596 / 49973]
まったく暗澹としてきますね。

前の、銃の弾丸の互換性の話と同じぐらい、「本当に戦争をする気だったのか?」と言いたくなります。

>赤城の搭乗員のひとりが

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/08/08 16:00 投稿番号: [25595 / 49973]
板谷茂少佐(当時は大尉?)だったと思います。

当時どうかは知りませんが、当時の搭乗員も、今は、「ぜろせん」と発音する事が多いですね。(ウチのオジキも。)

>当時の海軍でも「ゼロ戦」と

投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2005/08/08 15:54 投稿番号: [25594 / 49973]
>呼んで居た人もいるそうです。

前から気になっていたので「トラトラトラ」をチェックしました。

源田中佐が赤城に「零戦」に乗って到着した場面で、赤城の搭乗員のひとりが、「これが新型の『ゼロ戦』ですか」と聞く場面がありましたので、さて、当時手も「ゼロ戦」とよぶ人もいたのかな、とおもったものです。

源田「21型。折りたたみ翼だ・・・」

時代考証の間違いか(インチキ・パールハーバーよりも時代考証は綿密でしょうから。日本側が加わっていますので)、それとも、実際にそう呼ばれることもあったのか。

解散総選挙2

投稿者: asia_bambaataa 投稿日時: 2005/08/08 15:50 投稿番号: [25593 / 49973]
各議員の8月15日の靖国参拝が増々注目されますね。

公明票に屈するのか?

それとも日本の政治家足り得るのか?

赤松貞明氏

投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/08/08 15:47 投稿番号: [25592 / 49973]
>「ごく少数の私のような達人よりも、多数の、そこそこの熟練者を擁さないとだめだったと思う。その意味では海軍の搭乗員養成は失敗だった」


正にその通りと思います。

大戦中期以降の日本陸海軍航空機搭乗員の、初陣での平均飛行時間は約250時間ほど。
大戦末期では、100時間前後。
これは、ドイツ空軍でも同様で。
米第8航空軍曰く「ドイツ空軍は、極一部のウルトラ・スーパー・エース(100機以上撃墜がゴロゴロ)と、その他大多数のひよっ子で構成されている」と。

つまり、極一部のスーパーエースにさえ出くわさなければ。
後は七面鳥射ちだと。

これは、日本陸海軍でも同様だったようで。
マリアナ沖など、信じられないペースで一気に「エース」の称号を得たパイロットが「濫造」されましたね・・・

米軍パイロットの初陣での平均飛行時間は約600時間。
これは大戦通じて変わりませんでした。

600時間は日本の戦前での、飛行学生(士官搭乗員)飛錬(下士官搭乗員)の訓練終了飛行時間に匹敵します。
(その後の練成時間は含まず)

アメリカは戦前の1940年には陸海軍共に、予備学生(大学での予備将校受講課程)枠を大幅に増やし。
同時に飛行学校学生の数も万単位に増やしました。
(米英は、パイロットは基本的に全員士官・将校)

日本は1942年(昭和17年)採用の海軍飛行科予備学生(9期、10期、11期、12期)でさえ、合計600名少々。
同時期の予科練(甲飛13期、乙飛14期)でさえ、3000名ほど。

1941年12月〜1942年12月時点での、海軍搭乗員損失は約3700名ほど。

需要と供給が全く釣り合っていませんでした。

泥縄式に1943年、13期飛行予備学生(3500名)14期飛行予備学生(2500名)第1期飛行予備生徒(1500名)
甲飛14期・乙飛15期(約1万5000名)と大量採用しましたが。

その頃には機材、燃料とも不足し始め。

結局戦前の飛行訓練課程の1/5〜1/4しか訓練できませんでした。
*教官・教員も不足。

結局は戦略判断ミスですね。
「短期決戦か、長期持久戦か」

日本は前者に凝り固まって、軍政を行った。
米国は後者に事前設定し、軍政を行った。

その結果でしょう。

いよいよ解散総選挙

投稿者: asia_bambaataa 投稿日時: 2005/08/08 15:25 投稿番号: [25591 / 49973]
郵政民営化関連6法案が8日午後の参院本会議で否決されたのを受け、自民党は臨時役員会を開催。小泉純一郎首相は、衆院解散の意向を表明し、同法案に反対した議員を公認しない方針を明らかにした。

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/house_of_representatives_election/

公明色がこれ以上強くならないことを望みます。

ガソリンの質

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/08/08 15:22 投稿番号: [25590 / 49973]
元中島で「栄」の改良に参加し、そして「誉」を設計した中川良一氏(戦後はプリンス自動車→合併で日産自動車)は、誉を設計するとき、海軍から、

「最高級の金属と最高級の潤滑油と、最高級の燃料を使う予定だから、のびのびと設計して欲しい」と言われたとか。

ところが、実際にはそんなのは画餅で、誉エンジンの結果は、ああいうことになったとか。

どうでしょうね

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/08/08 15:09 投稿番号: [25589 / 49973]
>一式戦闘機「隼」を使うくらいならゼロ戦を使った方が良かったでしょうね。

一概に言えないんですよ、そこが。

高速での舵の効き具合は、一式戦の方がすぐれていたわけですし。
特に一式戦のⅢ型は、ベテランにとっては鬼に金棒だったようです。その代わり、「疾風は信頼性などでは話にならん」だったとか。(「ベテランにとって」と言ってしまえば、まあ「弘法筆をなんとやら」ですから、それを言ってはいけないかも知れませんが。)

これは、ワタシも意外でしたが。

赤松貞明氏の本を持っていますが、曰く、「ごく少数の私のような達人よりも、多数の、そこそこの熟練者を擁さないとだめだったと思う。その意味では海軍の搭乗員養成は失敗だった」そうで。

>>8月という事も有って

投稿者: asia_bambaataa 投稿日時: 2005/08/08 15:06 投稿番号: [25588 / 49973]
スネークマンションさん、こんにちは。

貴方のHN、ピテカンで遊んでた私に取ってなんか嬉しいです。

>HNからすると、ワールド・ミュージック?

正確にはHip-Hopですがお詳しいですね。

経緯を書くと仰る通りカテ違いなので書かないでおきます(笑)

>こちらのカテでその都度知識の豊富な方々にご教授いただいております。

私もこのカテの皆さんの博識には心底敬服しております。

特に私は近代兵器が弱いのでロムしてて大変勉強になります。

>「犯人探し」的なつくりが多くなってきている

言われてみれば確かにそうですね。
海外番組の淡々とした比較検証は「成る程そうだったのか」と頭に入り易いですね。

>X8ゼロ戦

投稿者: asia_bambaataa 投稿日時: 2005/08/08 14:25 投稿番号: [25587 / 49973]
まあ、とてつもなく兵器オンチの私でも「零戦」と呼んでます。

只、yamato_com_jpさん。

これは単なるTV番組のタイトルですからそんなに熱くならなくても・・・いいのでは?

http://www.nhk.or.jp/etv21c/index2.html

> x 7 ゼロ戦の本当の通称名

投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/08/08 14:12 投稿番号: [25586 / 49973]
様々に呼び名は有ったと思いますが。

他に零戦は「A6」
紫電は「J」
紫電改は「J改」
雷電は「J2」

などとも、呼ばれていましたね。
あくまで、海軍部内でのみ、ですが。

>>>ゼロ戦の本当の通称名

投稿者: yyytktt 投稿日時: 2005/08/08 14:07 投稿番号: [25585 / 49973]
整備兵だった人は、レイシキと呼んでたと聞いたことがあります。

通称はいろいろあったんでしょうね。

> x 6 ゼロ戦の本当の通称名

投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2005/08/08 14:02 投稿番号: [25584 / 49973]

映画「零戦萌え」   もとい   「零戦燃ゆ」では

「れいせん」と呼んでましたね
 
当時のお値段   5万円也

>×4 ゼロ戦の本当の通称名

投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/08/08 14:00 投稿番号: [25583 / 49973]
部内(海軍部内)ではあくまで「レイセン」でしたね。

米軍は「ジーク(Zeke・21・22・42・52・54型)」「ハンプ(Hamp・32型)」で通っていました。

「ゼロ戦」の名前は戦後できたと記憶します。

>>>>ゼロ戦の本当の通称名

投稿者: pup_pooh_one 投稿日時: 2005/08/08 13:59 投稿番号: [25582 / 49973]
自分も「れいせん」と呼んでいたんですが、当時の海軍でも「ゼロ戦」と呼んで居た人もいるそうです。

>>>ゼロ戦の本当の通称名

投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2005/08/08 13:50 投稿番号: [25581 / 49973]
たぶん   こういう事ではないでしょうか

いわゆる「零戦」と呼ばれるものは本来
皇紀2600年採用の「零式艦上戦闘機(れいしきかんじょうせんとうき)」である
一方「ゼロ戦」とは   米軍側呼称「ゼロファイター」の和訳である

したがって   日本人が呼ぶのなら「ゼロ戦」では無く「れい戦」と呼ぶべきではなかろうか…   と
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