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赤松貞明氏

投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/08/08 15:47 投稿番号: [25592 / 49973]
>「ごく少数の私のような達人よりも、多数の、そこそこの熟練者を擁さないとだめだったと思う。その意味では海軍の搭乗員養成は失敗だった」


正にその通りと思います。

大戦中期以降の日本陸海軍航空機搭乗員の、初陣での平均飛行時間は約250時間ほど。
大戦末期では、100時間前後。
これは、ドイツ空軍でも同様で。
米第8航空軍曰く「ドイツ空軍は、極一部のウルトラ・スーパー・エース(100機以上撃墜がゴロゴロ)と、その他大多数のひよっ子で構成されている」と。

つまり、極一部のスーパーエースにさえ出くわさなければ。
後は七面鳥射ちだと。

これは、日本陸海軍でも同様だったようで。
マリアナ沖など、信じられないペースで一気に「エース」の称号を得たパイロットが「濫造」されましたね・・・

米軍パイロットの初陣での平均飛行時間は約600時間。
これは大戦通じて変わりませんでした。

600時間は日本の戦前での、飛行学生(士官搭乗員)飛錬(下士官搭乗員)の訓練終了飛行時間に匹敵します。
(その後の練成時間は含まず)

アメリカは戦前の1940年には陸海軍共に、予備学生(大学での予備将校受講課程)枠を大幅に増やし。
同時に飛行学校学生の数も万単位に増やしました。
(米英は、パイロットは基本的に全員士官・将校)

日本は1942年(昭和17年)採用の海軍飛行科予備学生(9期、10期、11期、12期)でさえ、合計600名少々。
同時期の予科練(甲飛13期、乙飛14期)でさえ、3000名ほど。

1941年12月〜1942年12月時点での、海軍搭乗員損失は約3700名ほど。

需要と供給が全く釣り合っていませんでした。

泥縄式に1943年、13期飛行予備学生(3500名)14期飛行予備学生(2500名)第1期飛行予備生徒(1500名)
甲飛14期・乙飛15期(約1万5000名)と大量採用しましたが。

その頃には機材、燃料とも不足し始め。

結局戦前の飛行訓練課程の1/5〜1/4しか訓練できませんでした。
*教官・教員も不足。

結局は戦略判断ミスですね。
「短期決戦か、長期持久戦か」

日本は前者に凝り固まって、軍政を行った。
米国は後者に事前設定し、軍政を行った。

その結果でしょう。
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