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忘れられた沖縄の偉人、漢那憲和 まえがき

投稿者: u26699jp 投稿日時: 2004/01/26 04:24 投稿番号: [8502 / 49973]
まえがき

  漢那憲和は、明治10年、琉球藩、那覇区西村に生まれた。そして、沖縄県尋常中学校(後の県立第一中学)より海軍兵学校へと進み、海軍少将まで累進した沖縄県出身唯一人の提督である。また、予備役後は、衆議院議員として沖縄県出身初の内務政務次官をつとめ、終戦直前には衆議院議長候補にまで指名された、文字通り沖縄のパイオニア的存在であった。

  海軍時代は航海術の権威として多くの海軍士官を教育し、また、今上陛下が皇太子時代、欧州御外遊に際しての御召艦「香取」艦長に抜擢された。そしてこの途次、熱心な意見具申をもって殿下の沖縄御巡遊を実現し、県民を感激させたのである。

  海軍予備役後は政界に進出、沖縄の振興開発、人材育成、移民支援に奔走し(当時、日本移民の70%は沖縄出身者)、その政治力は、貧困に喘ぐ沖縄県民にとって大きな光明であった。しかも終戦直後、マッカーサー元帥へ沖縄復帰を訴える嘆願書を提出するなど、沖縄返還運動の先駆まで果たしていたのである。

  一方、あのファシズム化が進む昭和初期、「陸海軍大臣の文官制」(シビリアンコントロール)を主張する論説を公表、あるいは開戦前、反軍演説を行って官憲に講演中止を命ぜられるというリベラルな側面を持つ人物であった。

  漢那を知る者が異口同音にたたえることは、その清廉な人格であり、なによりも沖縄県人として堂々とふるまったことである。

  しかし、このように戦前、沖縄県人で最大の敬意をはらわれ、沖縄青少年が憧れてやまなかった漢那が、戦後ことごとく忘れ去られてしまった。また、こういう私も、最近まで漢那を余り知らなかった。

  昭和54年、私は江田島(旧海軍兵学校、現在、海上自衛隊幹部候補生学校)を卒業し、三代目「かとり」で世界一周するという好機を得た。その途次、ハワイであった沖縄2世たちがこの状況を慨嘆していたことに義憤を覚え、その生涯を研究するようになったのである。

  ところで、わが県民の多くは、過ぎし沖縄戦の惨禍を恨む余り、その原因となった第二次世界大戦の責任を、すべての軍人に結びつけて忘却しようとしている。

  しかし、歴史を感情論だけでかたづけてはならない。

  戦前沖縄の公刊資料を分析すると、マスコミも文化界も、さらに教育会も、そのほとんどが賛軍的な言辞をしている。信じ難い話しではあるが、現在、県内で「革新」と称して野党勢力にいる人たちでさえ、このころ大政翼賛会沖縄県支部の要職にあったのである。

  しかし、「日米戦」の国民的気運が高まる中で、命を狙われながら、断固開戦に反対した軍人もいた。

  海軍の米内光政、山本五十六、井上成美の提督たちである。

  ちなみに、米内は海兵29期で漢那の2期後輩、漢那が平沼内閣の内務政務次官をしていたころの海軍大臣(後、総理)である。また、このとき、海軍次官の山本は、漢那が海大の教官をしていたころの学生である。さらに、このころ、軍務局長をつとめていた井上は、兵学校で漢那から航海術を教わっている。

  さて、このような戦後の風潮の中で我が県民は、歴史の真実はおろか、誇るべき多くの先人さえ忘却の彼方に追いやってしまった。

  そこで私は、本書を極力、歴史に忠実に描くことにした。さらに、これをより明解にするため、巻末に「漢那憲和年譜および系統的沖縄史年表」を付記したのである。

  読者の皆様が、この年表と拙文とを対照して御一読下されば、より簡明に本書を御理解いただけるものと念ずる次第である。

  なお、本書ができあがった暁には、私は漢那先輩の墓前に捧げたいと念願している。しかし、己を語ることを嫌った先輩は「余計なことをしたな」とたしなめるかもしれない。そのとき私は「先輩、沖縄のためお許し下さい」と申し上げて御納得いただこうと思っている・

  ところで、本書の執筆を思いいたったとき、2つの不安があった。

  1つは、伝記作成に関する資料が沖縄戦でほとんど焼失し、また、関係者の多くが物故していて、資料をいかに収集するか、まったく見当がつかなかったことである。

  もう1つは、執筆を開始する直前の昭和57年7月、私は海上自衛隊を辞めており、本書完成までの数年間、生活の糧をどう得るかであった。

  そこで私は、上京して資料を収集するかたわら、県内外の方々に協力を求めた。そして、全国の心ある方々から賛同を得、懇切なる御教示と貴重な資料をいただいた。さらに、物心両面にわたる御支援をいただいたのである。

  その方々の御芳名を本文末に列記し、ここに厚く御礼申し上げる次第である。

    昭和60年1月                        恵隆之介


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