Re: 天皇問題③ Re: 東京裁判とはですね①
投稿者: hidarino5 投稿日時: 2008/03/31 05:50 投稿番号: [97772 / 99628]
>それ以上でも以下でもない生身の人間を、国民の求心的存在とする、そのアイデンティティとする、日本人全体で尊敬できるというのは、近代的理性的な人間からみると、敢えて差別的な言葉を引けば、浅田彰のいう「土人」的な世界観の中においてのみ可能だと思われます。
そうだ。その通りなんだ。日本人は精神世界、宗教に於いては「土人」から何の進歩もないんだよ。
よく日本人は「無宗教」だとかなんだかんだ言うが、それこそがまさに「土人」の証左だ。土人だから宗教という自覚もなければ学術的な研究もない。布教もしない、なんだか勝手に思ってる。まさに「土人」と変わらん。
宗教的なことを学ばない、自覚しない、あるがままに何でも受け入れる。土人だからこそ出来ることだ。
宗教も年月がたてば体系的に理屈もつく。聖書のような聖典も出来るだろう。様々な教えも出来てくる。
日本の宗教にはそういうのはないんだよ。土人レベルだからだよ。皇室は他所の国の「王様」ともまた違うんだ。王様はある種実力でその地位に付いていたりもするが日本は違うな。皇室以上の実力者などゴロゴロいるぞ。そこが「権威」なんだよ。
しかし、日本人が土人であることに何も問題はない。別に宗教を学問とする必要も無い。それが日本人だ。個性だ。尊重されて然るべきところでもある。
皇室の伝統に対して多くの庶民は素朴な印象だろうよ。話は飛ぶが国旗や国歌に対してもそう。こないだ門真市の中学校だったか忘れたが、卒業式で1人を除いて起立しないという光景がニュースになっていたが、あんなのは異常だよな。そういう「異常」な教育さえしなければ「素朴」に敬うもんだ。それが土人だろ。
>逆にいえば、強制的な教育が原因ではないなら、たとえばなぜ堀田善衛が空襲後の瓦礫の中で目撃した倒錯感情を抱くまで国民を“徹底的に”皇民化できたんですか?
近代化のために必要な作業だ。近代化をするためにはときに「開発独裁」の時代は必要だ。日本の場合、すぐ隣に外国勢力が来ていて近代化を急ぐ必要があった。外国の法制度などを導入したわけだが、外国の法は「キリスト教」の考え方だ。日本の場合、キリストのポジションに天皇を置いた。それだけのことだ。神の前では人間はチリに過ぎないというキリスト教の考え方を日本に移植したわけだ。
> 千年以上の歴史をもつ天皇が「日本とともにあった」「日本史上天皇はずっと権威だった」というその実態はどう描かれるのですか? 私が問うているのは、天皇と庶民とのリアルな関係性です。
日本の宗教は好むと好まざるとに関わらず神道だ。天皇は神道で一番重要な祭祀を司る。だから権威だ。どこの教徒でも宗教的権威を敬わない民族はない。共産主義者だってマルクスは敬愛するだろうよ。同じことだ。宗教的な権威、それで充分。
> たとえばこういう人たちと天皇の関係や交通、その認識の有り様、つまり天皇がこういった「日本人とともあった」実態とは、どういう具体的な記述により説明されるのでしょうか?
経済学も物理学も金融も何もない時代だ。農学もない。工業生産や輸送手段もない。そういう時代に庶民が飢饉から逃れるための「手段」が「神に祈る」ことだ。今の常識で考えてみれば、重税で国分寺などを建立しても仕方ないことくらいわかるが、しかし当時は天気予報すらない。明日台風が来たら困るんだ。ではどうやったら台風から逃れられるかといえば、「祈る」しかないんだよ。
神仏に祈るために金を使うということは現在の常識で考えれば無駄でしかない。しかし何の学もない当時はそれしか方法もないわけだよ。
その「祈るための代表の人」が天皇なんだよ。
かいつまんで書くと、当時の科学=神に祈る 神に祈る人の代表=天皇 神に祈る人の代表は古今東西尊敬の対象=日本の皇室も尊敬の対象
それだけの素朴なことなんだよ。
そうだ。その通りなんだ。日本人は精神世界、宗教に於いては「土人」から何の進歩もないんだよ。
よく日本人は「無宗教」だとかなんだかんだ言うが、それこそがまさに「土人」の証左だ。土人だから宗教という自覚もなければ学術的な研究もない。布教もしない、なんだか勝手に思ってる。まさに「土人」と変わらん。
宗教的なことを学ばない、自覚しない、あるがままに何でも受け入れる。土人だからこそ出来ることだ。
宗教も年月がたてば体系的に理屈もつく。聖書のような聖典も出来るだろう。様々な教えも出来てくる。
日本の宗教にはそういうのはないんだよ。土人レベルだからだよ。皇室は他所の国の「王様」ともまた違うんだ。王様はある種実力でその地位に付いていたりもするが日本は違うな。皇室以上の実力者などゴロゴロいるぞ。そこが「権威」なんだよ。
しかし、日本人が土人であることに何も問題はない。別に宗教を学問とする必要も無い。それが日本人だ。個性だ。尊重されて然るべきところでもある。
皇室の伝統に対して多くの庶民は素朴な印象だろうよ。話は飛ぶが国旗や国歌に対してもそう。こないだ門真市の中学校だったか忘れたが、卒業式で1人を除いて起立しないという光景がニュースになっていたが、あんなのは異常だよな。そういう「異常」な教育さえしなければ「素朴」に敬うもんだ。それが土人だろ。
>逆にいえば、強制的な教育が原因ではないなら、たとえばなぜ堀田善衛が空襲後の瓦礫の中で目撃した倒錯感情を抱くまで国民を“徹底的に”皇民化できたんですか?
近代化のために必要な作業だ。近代化をするためにはときに「開発独裁」の時代は必要だ。日本の場合、すぐ隣に外国勢力が来ていて近代化を急ぐ必要があった。外国の法制度などを導入したわけだが、外国の法は「キリスト教」の考え方だ。日本の場合、キリストのポジションに天皇を置いた。それだけのことだ。神の前では人間はチリに過ぎないというキリスト教の考え方を日本に移植したわけだ。
> 千年以上の歴史をもつ天皇が「日本とともにあった」「日本史上天皇はずっと権威だった」というその実態はどう描かれるのですか? 私が問うているのは、天皇と庶民とのリアルな関係性です。
日本の宗教は好むと好まざるとに関わらず神道だ。天皇は神道で一番重要な祭祀を司る。だから権威だ。どこの教徒でも宗教的権威を敬わない民族はない。共産主義者だってマルクスは敬愛するだろうよ。同じことだ。宗教的な権威、それで充分。
> たとえばこういう人たちと天皇の関係や交通、その認識の有り様、つまり天皇がこういった「日本人とともあった」実態とは、どういう具体的な記述により説明されるのでしょうか?
経済学も物理学も金融も何もない時代だ。農学もない。工業生産や輸送手段もない。そういう時代に庶民が飢饉から逃れるための「手段」が「神に祈る」ことだ。今の常識で考えてみれば、重税で国分寺などを建立しても仕方ないことくらいわかるが、しかし当時は天気予報すらない。明日台風が来たら困るんだ。ではどうやったら台風から逃れられるかといえば、「祈る」しかないんだよ。
神仏に祈るために金を使うということは現在の常識で考えれば無駄でしかない。しかし何の学もない当時はそれしか方法もないわけだよ。
その「祈るための代表の人」が天皇なんだよ。
かいつまんで書くと、当時の科学=神に祈る 神に祈る人の代表=天皇 神に祈る人の代表は古今東西尊敬の対象=日本の皇室も尊敬の対象
それだけの素朴なことなんだよ。
これは メッセージ 97771 (parkavenuecanada さん)への返信です.
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