Re: 不確かな言説と不確かな推論
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2006/05/27 02:27 投稿番号: [94214 / 99628]
>最終的に「主観」が介入している
というより、最初から最後まで全部「主観」なんですね。ある事象についてそれに関係した複数の事実から何かの結論を導く場合、どれを事実として選択し、どこに本質的な価値を置き、そこからどういうふうに理屈を展開させ、さらには結論に至るのか? そのプロセスって全部「主観」なわけですよ。どんなに客観的であろうと努めても、事実の選択には「主観」が介在し、思考の展開もまたそれを免れない。いきおい、それぞれが同じ事象を思惟しても異なる結論へと至り得る。ですから、残念ながら hakobune18さんのこの説明は言わずもがなの「主観」の形式を述べられただけのようです。
すなわち、私の「多数の合意」論も不可なら、このテーマを巡る議論では、客観を規定する客観は存在しない、それは不可能だ、というポストモダン的には自明のひどく退屈な同意へと収斂したわけです。(ま、当然かもしれませんが)
しかし、話はわかりやすくなりました。となると、
>もちろん、あなたの主観的な判断が違っていても、それは全く構わないことです。また、私の主観的判断が間違っていると、あなたが私を説得するのも自由です
と述べられたように、結局「主観」と「主観」のぶつかり合いとなるわけですね。それでいいと思います。なるほど、私もここで貴重な時間を割いて、みなさんの「主観的判断が間違っている」、と「説得」的な言葉遣いかどうかはわかりませんが、要するに「批判」をしているわけですよ。その「主観」には明白な誤りがありますよ、思考過程が穴だらけですよ、と指摘を繰り返しているのです。もちろん、その私の言葉もまた、これまでの議論を踏まえていうなら「主観」に立脚するわけですが、そういうやりとりを通して最終的に見えてくるものはあるはずだ、と信じているわけです。例えば、
>朝鮮人は卑しい
この hakobune18 さんの「主観」を、私は今のところ、私の「主観」によってあっさり反論できます。それには何も、
>「朝鮮人はこんなに素晴らしい民族なんだ」という具体例を多数
示す必要などないのです。さしあたりこんな言い方で十分ですよ。
まず「卑しい」というのは相対的概念なんですね。これが成立するには、必ずそれに対置した「尊い」存在が不可欠なのです。
例えば、フジオカ坊やは頭がいい、とみんなが判断したとします。その判断を可能にするのは、みんながフジオカ坊や以外の頭の悪いその他の子供を知っているからなんですよ。逆にいえば、フジオカ坊やを除いたその他の事例を知らない人には、フジオカ坊やの頭の良し悪しはわからないのです。わかるはずがないのです。比較対象が不在なのだから当然ですね。判断が下せるわけがない。頭がいい、という評価は、頭が悪い、という対称に相対させてこそはじめて浮上する思考観念なのです。
では本題に戻して、その比較対象たる「尊い」民族は誰ってことですが、たぶん、
>日本人の価値観からすると
とも書かれてますし、やはり自己愛史観の影響が濃い hakobune18 さんのことですから、
それはもちろん我らが日本人さ!
と、考えられます。ですが、みなさんの論考では、朝鮮人の卑しさのみが槍玉にあげられ、日本人のそれにはほとんど言及せず頬かむりされてますね。血眼になって朝鮮人の悪しき面を探し求めては快哉を叫ぶ奇妙な人々「ネットウヨク」の巣窟たる掲示板から、朝鮮人の悪辣ぶりだけを引き、日本人のそれには関心を示さず、比較もしない。こういうのは完全にアンフェアなわけです。
というより、最初から最後まで全部「主観」なんですね。ある事象についてそれに関係した複数の事実から何かの結論を導く場合、どれを事実として選択し、どこに本質的な価値を置き、そこからどういうふうに理屈を展開させ、さらには結論に至るのか? そのプロセスって全部「主観」なわけですよ。どんなに客観的であろうと努めても、事実の選択には「主観」が介在し、思考の展開もまたそれを免れない。いきおい、それぞれが同じ事象を思惟しても異なる結論へと至り得る。ですから、残念ながら hakobune18さんのこの説明は言わずもがなの「主観」の形式を述べられただけのようです。
すなわち、私の「多数の合意」論も不可なら、このテーマを巡る議論では、客観を規定する客観は存在しない、それは不可能だ、というポストモダン的には自明のひどく退屈な同意へと収斂したわけです。(ま、当然かもしれませんが)
しかし、話はわかりやすくなりました。となると、
>もちろん、あなたの主観的な判断が違っていても、それは全く構わないことです。また、私の主観的判断が間違っていると、あなたが私を説得するのも自由です
と述べられたように、結局「主観」と「主観」のぶつかり合いとなるわけですね。それでいいと思います。なるほど、私もここで貴重な時間を割いて、みなさんの「主観的判断が間違っている」、と「説得」的な言葉遣いかどうかはわかりませんが、要するに「批判」をしているわけですよ。その「主観」には明白な誤りがありますよ、思考過程が穴だらけですよ、と指摘を繰り返しているのです。もちろん、その私の言葉もまた、これまでの議論を踏まえていうなら「主観」に立脚するわけですが、そういうやりとりを通して最終的に見えてくるものはあるはずだ、と信じているわけです。例えば、
>朝鮮人は卑しい
この hakobune18 さんの「主観」を、私は今のところ、私の「主観」によってあっさり反論できます。それには何も、
>「朝鮮人はこんなに素晴らしい民族なんだ」という具体例を多数
示す必要などないのです。さしあたりこんな言い方で十分ですよ。
まず「卑しい」というのは相対的概念なんですね。これが成立するには、必ずそれに対置した「尊い」存在が不可欠なのです。
例えば、フジオカ坊やは頭がいい、とみんなが判断したとします。その判断を可能にするのは、みんながフジオカ坊や以外の頭の悪いその他の子供を知っているからなんですよ。逆にいえば、フジオカ坊やを除いたその他の事例を知らない人には、フジオカ坊やの頭の良し悪しはわからないのです。わかるはずがないのです。比較対象が不在なのだから当然ですね。判断が下せるわけがない。頭がいい、という評価は、頭が悪い、という対称に相対させてこそはじめて浮上する思考観念なのです。
では本題に戻して、その比較対象たる「尊い」民族は誰ってことですが、たぶん、
>日本人の価値観からすると
とも書かれてますし、やはり自己愛史観の影響が濃い hakobune18 さんのことですから、
それはもちろん我らが日本人さ!
と、考えられます。ですが、みなさんの論考では、朝鮮人の卑しさのみが槍玉にあげられ、日本人のそれにはほとんど言及せず頬かむりされてますね。血眼になって朝鮮人の悪しき面を探し求めては快哉を叫ぶ奇妙な人々「ネットウヨク」の巣窟たる掲示板から、朝鮮人の悪辣ぶりだけを引き、日本人のそれには関心を示さず、比較もしない。こういうのは完全にアンフェアなわけです。
これは メッセージ 94153 (hakobune18 さん)への返信です.
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