Re: 不確かな言説と不確かな推論
投稿者: hakobune18 投稿日時: 2006/05/17 22:42 投稿番号: [94153 / 99628]
こちらも遅れました。丁寧なレス、ありがとうございます。
>>あなたの論法ですと
>
>とありますが、これはちょっとわかりません。
どうも私がまた勘違いしていたようです。
私は、あなたの論法というのは「客観的に事実だと証明されないものは全て排除、それは論拠たりえない」という立場に立ったものだと思っていました。だから前回は、その「勘違い」の上でいろいろと意見を述べさせていただいたわけです。
今回丁寧にお答えくださって、その辺りが見えてきたように思います。まずは質問にお答えします。
>hakobune18 さんのご指摘はこういうことですね。
>例えば、あるドイツ人が、ユダヤ人なんか全員ガス室に放り込んでしまえ! と暴言を吐いた。この人のその他の言動に知悉しない第三者は、この一言(=文脈)をレイシズムだと言って非難はできるが、この人物の思想傾向全体を指してレイシストだと断言するにはまだ根拠が希薄である
まったくそのとおりです。
ひょっとしたら、ユダヤ人の商人に騙されて身ぐるみ剥がれての、ただの捨て台詞かもしれません。イスラエルに家族を虐殺され住んでいた土地を奪われてドイツに逃げてきた、ドイツ国籍の元パレスチナ人のやむにやまれぬ復讐の叫びなのかもしれません。筋金入りのネオナチの本気の発言かもしれません。いずれにせよ、その発言が褒められたものでないことはもちろんですが。その他の例についても同じです。
それよりも、大切なのは以下の質問だと思います。
>そこで質問なのですが、では、おおよそ断定できるには、どれほどの材料が必要だとお考えですか? 一言では足りないが、三言もあればよいのでしょうか?
>レイシズム的言論が目立てば、レイシストだと言われても仕方ないと思いますが、その目立つ目立たないの境界を如何にして客観的に線引きするのでしょうか?
>レイシストと批判しても差し支えのない条件は如何にして定義されますか?
勝手ながら、レイシズムという具体例を離れて、三つまとめてお答えします。
断定・線引き・定義について、あなたの意見は以下のとおりだと考えてよろしいですね?
1、
>>解釈する人によって結論が違うのが当然の、客観的な判定が不可能な
>>「推察するほかない」あやふやなこと
>ではない事象を探すほうがはるかに困難
な状況の中で、
2、
>「客観的な判定」とは、例外なしの満場一致を意味し
ないという前提で、
3、
>無作為に抽出された多数の合意から「客観的な判定」を下すほかないわけです。
私は、1については全く同意見です。
2についてもほぼ同意です。
反論したいのは3です。二点述べさせていただきます。
まず、最終的に「『客観的な判定』を下す」のは主観である、ということです。どんなに客観的な基準があろうとも、そこからある「断定」なり「線引き」なり「定義」なりを導き出す主体は「自分自身」であって、そうである以上、主観の介入を阻止することはかなり限定された条件の下(科学的な実験等)でしかあり得ないのではないでしょうか。
次に、「無作為に抽出された多数の合意」=「根拠や基準」ではないということです。「社会主義者と朝鮮人が井戸に毒を入れている」という無作為抽出された多数の合意があれば、そこから客観的な判定が下せるのでしょうか。もちろんそんなわけはありません。多数の合意はあくまでも一つの判断材料に過ぎないと思います。(2を「ほぼ」同意と言ったのは、判定の根拠を「合意」に求めている節が見受けられたからです。)
反論ばかりで自分の意見を書かないのはアンフェアだと思いますので、自分の言葉でまとめます。以前、メッセージNo.94013において、私はこう書きました。
>大多数の情報が言わばグレーゾーンであり、それを客観的に証明して色をつけるのは至難の業です。
>しかしながら、人間はそういったファジーな情報「群」を元に、一定の方向性を見出したり価値付けをしたりする能力を有しています。
これが私の「断定・線引き・定義」についての考えです。もちろん最終的に「主観」が介入していることが前提です。
次の投稿で、もう少し詳しく説明します。
>>あなたの論法ですと
>
>とありますが、これはちょっとわかりません。
どうも私がまた勘違いしていたようです。
私は、あなたの論法というのは「客観的に事実だと証明されないものは全て排除、それは論拠たりえない」という立場に立ったものだと思っていました。だから前回は、その「勘違い」の上でいろいろと意見を述べさせていただいたわけです。
今回丁寧にお答えくださって、その辺りが見えてきたように思います。まずは質問にお答えします。
>hakobune18 さんのご指摘はこういうことですね。
>例えば、あるドイツ人が、ユダヤ人なんか全員ガス室に放り込んでしまえ! と暴言を吐いた。この人のその他の言動に知悉しない第三者は、この一言(=文脈)をレイシズムだと言って非難はできるが、この人物の思想傾向全体を指してレイシストだと断言するにはまだ根拠が希薄である
まったくそのとおりです。
ひょっとしたら、ユダヤ人の商人に騙されて身ぐるみ剥がれての、ただの捨て台詞かもしれません。イスラエルに家族を虐殺され住んでいた土地を奪われてドイツに逃げてきた、ドイツ国籍の元パレスチナ人のやむにやまれぬ復讐の叫びなのかもしれません。筋金入りのネオナチの本気の発言かもしれません。いずれにせよ、その発言が褒められたものでないことはもちろんですが。その他の例についても同じです。
それよりも、大切なのは以下の質問だと思います。
>そこで質問なのですが、では、おおよそ断定できるには、どれほどの材料が必要だとお考えですか? 一言では足りないが、三言もあればよいのでしょうか?
>レイシズム的言論が目立てば、レイシストだと言われても仕方ないと思いますが、その目立つ目立たないの境界を如何にして客観的に線引きするのでしょうか?
>レイシストと批判しても差し支えのない条件は如何にして定義されますか?
勝手ながら、レイシズムという具体例を離れて、三つまとめてお答えします。
断定・線引き・定義について、あなたの意見は以下のとおりだと考えてよろしいですね?
1、
>>解釈する人によって結論が違うのが当然の、客観的な判定が不可能な
>>「推察するほかない」あやふやなこと
>ではない事象を探すほうがはるかに困難
な状況の中で、
2、
>「客観的な判定」とは、例外なしの満場一致を意味し
ないという前提で、
3、
>無作為に抽出された多数の合意から「客観的な判定」を下すほかないわけです。
私は、1については全く同意見です。
2についてもほぼ同意です。
反論したいのは3です。二点述べさせていただきます。
まず、最終的に「『客観的な判定』を下す」のは主観である、ということです。どんなに客観的な基準があろうとも、そこからある「断定」なり「線引き」なり「定義」なりを導き出す主体は「自分自身」であって、そうである以上、主観の介入を阻止することはかなり限定された条件の下(科学的な実験等)でしかあり得ないのではないでしょうか。
次に、「無作為に抽出された多数の合意」=「根拠や基準」ではないということです。「社会主義者と朝鮮人が井戸に毒を入れている」という無作為抽出された多数の合意があれば、そこから客観的な判定が下せるのでしょうか。もちろんそんなわけはありません。多数の合意はあくまでも一つの判断材料に過ぎないと思います。(2を「ほぼ」同意と言ったのは、判定の根拠を「合意」に求めている節が見受けられたからです。)
反論ばかりで自分の意見を書かないのはアンフェアだと思いますので、自分の言葉でまとめます。以前、メッセージNo.94013において、私はこう書きました。
>大多数の情報が言わばグレーゾーンであり、それを客観的に証明して色をつけるのは至難の業です。
>しかしながら、人間はそういったファジーな情報「群」を元に、一定の方向性を見出したり価値付けをしたりする能力を有しています。
これが私の「断定・線引き・定義」についての考えです。もちろん最終的に「主観」が介入していることが前提です。
次の投稿で、もう少し詳しく説明します。
これは メッセージ 94112 (parkavenuecanada さん)への返信です.
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