Re: A Sense of Humor
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2006/05/01 07:46 投稿番号: [94081 / 99628]
>「差別、偏見、欺瞞」が横行し、「反韓国」という非常にネガティブなテーマに貫かれたこのトピも、「ソースの明瞭なリンクと新しいニュース」、そして「賛意を表する者どうしの意見・情報交換の場」という意味においては、ある程度は有益な場であると考えております
引用には長い一文ですが、これまでの的外れな言い分に比してきらりと光るものがあるので、省略せずにすべて載せました。とはいえ、如何せん、ここでも失態は免れません。
賛意を表する者どうしの……、これにプラス的効果などありはしない。これゆえに偏向した「意見・情報」のみが取得され、従来の嫌韓性を動かす契機なども与えられず、逆にその性癖が固形化されゆくだけでしょう。わかりやすくいえば、成長しないということですが、元東大学長的にちょいとばかり小難しくいえば、真に優れたテキスト(ここでは情報意見論説など)とは、その読者の世界を揺るがしかねない「不愉快」なものですらあるが、それにはここでは永久に出会えない、と、そういうことですね。
>私も現在までに知り得た情報の全てが100%正しいとは考えていません
そんなふうに考えている人なんてこの世に一人でもいるとは思えない。北朝鮮の民ですら疑っているだろうよ。常識で考えてくれ。
>全ての者は過ちを犯すことは避けられず、永久に学び続けなければならない存在だからです
これは道徳の教科書なのか? tolstoi_lev_nikolaevich さんの正体はじつは宣教師なのだろうか? それとも、これこそがまさにイングリッシュの世界に生きた人間の粋なユーモアなのか?(そんなはずもないのだが)
>少なくとも新たな情報に耳を欹て、それを検証し考えようとしているようです
ここの住人への賛歌を唄いたいのか? いや、ホメ殺し? それはともかく、その「検証し考え」る過程において、できる限り客観的な目線を失わないよう努めているのであれば、良いですね。
>それは信念・信条の部分において幾分かの「揺らぎ」を持っているまだまだ不安定な人間の集まりだからではないでしょうか?
わずかな頑固者を除外すれば、「揺らぎ」のない安定した人間なんてそうそういないと思いますが、それはさておくとして、私に問う前に、その他大勢の方々に聞いてみたらどうですか? みなさん、答えてあげて下さい。
>「分かる」とまではいかないからこそ、他者と話すことで、その真偽を多角的に考察し確かめ合っているのだと思います
あのね、意見主義などを同じくする人たちを「他者」とは言わないの。文学専攻ならそれぐらいわかるでしょ? ここの人たちは私を除いてみんな「同志」とか「仲間」とか呼ばれるべき関係なのです。つまり、世界を共有するものだけが集まり、心地よい情報ばかりに耳を傾け、その世界のさらなる固着を体験して満足する、ここはそういう空間なのです。(もしかしたら私以外にも「他者」の常連がいるのかもしれませんが、よく知らないので、いたらすみません)
そんな次第で、
>柔軟性を無くした老醜とならない為にも
この一文も完全な間違いなわけです。柔軟性? そんなもんがどこにあるわけ?
引用には長い一文ですが、これまでの的外れな言い分に比してきらりと光るものがあるので、省略せずにすべて載せました。とはいえ、如何せん、ここでも失態は免れません。
賛意を表する者どうしの……、これにプラス的効果などありはしない。これゆえに偏向した「意見・情報」のみが取得され、従来の嫌韓性を動かす契機なども与えられず、逆にその性癖が固形化されゆくだけでしょう。わかりやすくいえば、成長しないということですが、元東大学長的にちょいとばかり小難しくいえば、真に優れたテキスト(ここでは情報意見論説など)とは、その読者の世界を揺るがしかねない「不愉快」なものですらあるが、それにはここでは永久に出会えない、と、そういうことですね。
>私も現在までに知り得た情報の全てが100%正しいとは考えていません
そんなふうに考えている人なんてこの世に一人でもいるとは思えない。北朝鮮の民ですら疑っているだろうよ。常識で考えてくれ。
>全ての者は過ちを犯すことは避けられず、永久に学び続けなければならない存在だからです
これは道徳の教科書なのか? tolstoi_lev_nikolaevich さんの正体はじつは宣教師なのだろうか? それとも、これこそがまさにイングリッシュの世界に生きた人間の粋なユーモアなのか?(そんなはずもないのだが)
>少なくとも新たな情報に耳を欹て、それを検証し考えようとしているようです
ここの住人への賛歌を唄いたいのか? いや、ホメ殺し? それはともかく、その「検証し考え」る過程において、できる限り客観的な目線を失わないよう努めているのであれば、良いですね。
>それは信念・信条の部分において幾分かの「揺らぎ」を持っているまだまだ不安定な人間の集まりだからではないでしょうか?
わずかな頑固者を除外すれば、「揺らぎ」のない安定した人間なんてそうそういないと思いますが、それはさておくとして、私に問う前に、その他大勢の方々に聞いてみたらどうですか? みなさん、答えてあげて下さい。
>「分かる」とまではいかないからこそ、他者と話すことで、その真偽を多角的に考察し確かめ合っているのだと思います
あのね、意見主義などを同じくする人たちを「他者」とは言わないの。文学専攻ならそれぐらいわかるでしょ? ここの人たちは私を除いてみんな「同志」とか「仲間」とか呼ばれるべき関係なのです。つまり、世界を共有するものだけが集まり、心地よい情報ばかりに耳を傾け、その世界のさらなる固着を体験して満足する、ここはそういう空間なのです。(もしかしたら私以外にも「他者」の常連がいるのかもしれませんが、よく知らないので、いたらすみません)
そんな次第で、
>柔軟性を無くした老醜とならない為にも
この一文も完全な間違いなわけです。柔軟性? そんなもんがどこにあるわけ?
これは メッセージ 94067 (tolstoi_lev_nikolaevich さん)への返信です.
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