Re: 文化の受容 続き
投稿者: parkavenuecanada 投稿日時: 2005/12/27 01:58 投稿番号: [93235 / 99628]
(続きです)
と、書いてきて、
>日本の文化は「他国の文物を自らのいいように形を変えて受容」する能力があるのです。「まんま」ではないですし、「取捨選択」もしているんですよ
との結論部を読み、気付きました。
そうか! 『「まんま」ではないですし、「取捨選択」もしている』 ここにも重点があるのか!
さすが hidarino5 さんだ! これは採点を大幅に見直しだぞ! と思い、その観点から読み返しましたが、やはり同じ結果となりました。
「鉄砲」に関しては直裁な優劣の比較でしたね。ですから読み直しの必要は生じないし、採点にももちろん変更なし。
では「科挙」はどうでしょうか?
ここはそれを導入しなかったという歴史を見て、日本が上手な「取捨選択」した例としているようですが、それを言うには「科挙」を導入した朝鮮と、しなかった日本を比較して、まさにその観点からその後の歴史の展開にふれ、結果の良し悪しへと至る、と、このように論を進めなければなりません。そうなって、はじめて 「そうか、「科挙」によって朝鮮はずいぶん衰退したが、日本はそれを拒否したから発展へとつながったのだ、日本は取捨選択が上手なのだ」となるわけですね。
ですが、そうなってない、という点でダメですね。
次に「城壁」ですが、「科挙」と同じミステイクが見られますね。ここでも、「城壁」を「まんま」輸入しなかった日本の利益が、「まんま」輸入した朝鮮との比較においていっさい言及されません。例外の小田原城なんか長々と語る必要もまったくなし。
そんなわけでダメですね。
最後はキリスト教ですね。
これも「弾圧」した日本が、なぜ「優秀」なのかがまるで言及されてないですね。「弾圧」という「取捨選択」がなぜ成功なのか、なんにも語られてないわけですよ。
そんなわけでここもダメ。
ま、というわけで、辛うじて「鉄砲」に関する記述は例示として読めますが、その他はそれ以前ですね。もちろん、いうまでもなく、わずかひとつの例示から日本人の全体的な「優秀」性は語れません。「自己愛」史観で育った hidarino5 さんでもそれぐらいのことは分かりますね。
では、もう一度その辺を見直して、再度「日本人優秀」論を語って下さい。本当に楽しみにお待ちしてます。
これは メッセージ 93234 (parkavenuecanada さん)への返信です.
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