お待たせしました。さらに突っ込みましょう
投稿者: hidarino5 投稿日時: 2005/12/26 16:22 投稿番号: [93228 / 99628]
>御上の言うことなら的思考、これは、とうぜん、反民主主義的思考様式なわけです。なぜなら、この様式は、主役が民であるという民主主義の根幹とは正反対に位置するからですね。
先に例示したように「プラスの側面もマイナスの側面もある」のが「思考様式」なわけですね。民主主義、法治国家という視点に立てばプラスの側面、株式投資という側面にたてば「マイナスの側面」として出てきたと言うことは「例示」しました。
ですから、あなたの回答では
>さて、最後に、日本の民主主義がなぜ欧米に劣るのか、ってことですね。
の回答に「全く一行も出来ていない」のです。よろしく。
>これが日本に消え失せないのは、欧州のように、曲がりなりにもいくつかの市民革命を経て現在に至る民族と、民衆の力で政権を倒した歴史のない日本人、たぶんその差に大きく求められます。
まず、「たぶん」は禁止。売り言葉に買い言葉じゃ話になりません。自らの考えをまとめてきちんと書いてください。それと、「たぶん」と書くのなら潔く「わかりません」と書いてください。「たぶん」と書くほうが「わかりません」と書くより恥ずかしいと僕は思いますけどね。僕にも一応「プライド」があるのでこういうときには「たぶん」なんて書けませんよ。恥ずかしくて。
>日本近現史における政権交代劇って全部上からの革命なわけですね。それでも、最近では60年安保の頃、かなりのところまで行きましたが、実現しませんでした。
本当に「かなりのところ」まで行ったと思ってるのですか?本気で鎮圧もしていませんよ。政府は。デモは地方に飛んだんですか?
ここまで行くと「ご冗談を!」と言わざるを得ません。
政権交代ってのは「それなりの支持」が必要なんですよ。60年安保のときでも野党の議席ってどうだったんですか?地方も含めて。一部の目立つ人間がいたと言うだけの話で「国民の支持」は得られてない。
暴力にしてもそれなりに力があれば「政府も力で鎮圧」するんですが、政府は本気のかけらも出していません。
そしてそのときの自民党を選んだ国民の支持は結果論で「大いに正しかった」ということもよく認識して下さいよ。
>かなりのところまで行きましたが、実現しませんでした。
という「歴史的な事実」は存在しない「捏造」なわけですが、それが本当にあなたの言うように「革命政府樹立」までかなりのところに言ったのなら、それを「証明」する義務があります。それが「責任」
>、そして御上は自分たちの力で変えることができる、そういう意識が日本人には希薄なのではないか、と思うわけです。
「変える意識」が希薄なのは「変える必要」がないからで「続けて欲しい政権」ということです。つまり「善政」です。
>それは、欧州のように血生臭い市民革命の経験が受け継がれてないからではないか、そういう比較がひとつの根拠ですね。
それだけ「つまんない政権」だったということです。
>となるわけですが、この根拠は、やはり、伝統的な家・ムラ社会(正確には、そこに充満する集団思想)に求めるのが妥当かと思われます。お家のためなら身売りだってするかもしれない、会社のためなら過労死もいとわない、つまりは、自分は圧殺し、集団を優先する、平たく陳腐に書けばそういうことですが、
そのおかげさまで「今の我々の生活がある」ということをよく認識して下さいよ。次に2人の科学者の考え方を例示して「日本社会の意識の変化」というものを考えていきます。
先に例示したように「プラスの側面もマイナスの側面もある」のが「思考様式」なわけですね。民主主義、法治国家という視点に立てばプラスの側面、株式投資という側面にたてば「マイナスの側面」として出てきたと言うことは「例示」しました。
ですから、あなたの回答では
>さて、最後に、日本の民主主義がなぜ欧米に劣るのか、ってことですね。
の回答に「全く一行も出来ていない」のです。よろしく。
>これが日本に消え失せないのは、欧州のように、曲がりなりにもいくつかの市民革命を経て現在に至る民族と、民衆の力で政権を倒した歴史のない日本人、たぶんその差に大きく求められます。
まず、「たぶん」は禁止。売り言葉に買い言葉じゃ話になりません。自らの考えをまとめてきちんと書いてください。それと、「たぶん」と書くのなら潔く「わかりません」と書いてください。「たぶん」と書くほうが「わかりません」と書くより恥ずかしいと僕は思いますけどね。僕にも一応「プライド」があるのでこういうときには「たぶん」なんて書けませんよ。恥ずかしくて。
>日本近現史における政権交代劇って全部上からの革命なわけですね。それでも、最近では60年安保の頃、かなりのところまで行きましたが、実現しませんでした。
本当に「かなりのところ」まで行ったと思ってるのですか?本気で鎮圧もしていませんよ。政府は。デモは地方に飛んだんですか?
ここまで行くと「ご冗談を!」と言わざるを得ません。
政権交代ってのは「それなりの支持」が必要なんですよ。60年安保のときでも野党の議席ってどうだったんですか?地方も含めて。一部の目立つ人間がいたと言うだけの話で「国民の支持」は得られてない。
暴力にしてもそれなりに力があれば「政府も力で鎮圧」するんですが、政府は本気のかけらも出していません。
そしてそのときの自民党を選んだ国民の支持は結果論で「大いに正しかった」ということもよく認識して下さいよ。
>かなりのところまで行きましたが、実現しませんでした。
という「歴史的な事実」は存在しない「捏造」なわけですが、それが本当にあなたの言うように「革命政府樹立」までかなりのところに言ったのなら、それを「証明」する義務があります。それが「責任」
>、そして御上は自分たちの力で変えることができる、そういう意識が日本人には希薄なのではないか、と思うわけです。
「変える意識」が希薄なのは「変える必要」がないからで「続けて欲しい政権」ということです。つまり「善政」です。
>それは、欧州のように血生臭い市民革命の経験が受け継がれてないからではないか、そういう比較がひとつの根拠ですね。
それだけ「つまんない政権」だったということです。
>となるわけですが、この根拠は、やはり、伝統的な家・ムラ社会(正確には、そこに充満する集団思想)に求めるのが妥当かと思われます。お家のためなら身売りだってするかもしれない、会社のためなら過労死もいとわない、つまりは、自分は圧殺し、集団を優先する、平たく陳腐に書けばそういうことですが、
そのおかげさまで「今の我々の生活がある」ということをよく認識して下さいよ。次に2人の科学者の考え方を例示して「日本社会の意識の変化」というものを考えていきます。
これは メッセージ 93201 (parkavenuecanada さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834688/4z9qa4ua46a41a4sa4j_1/93228.html