衛氏朝鮮
投稿者: ditgtedgbbdc 投稿日時: 2002/07/24 16:50 投稿番号: [59492 / 99628]
I プロローグ
衛氏朝鮮
えいしちょうせん
前2世紀に、朝鮮半島北部でさかえた王朝。前195年、燕王(えんおう)の盧綰(ろわん)は中国の漢王室に反旗をひるがえしたが、そのとき、燕将のひとりだった衛満は、部下1000人余とともに盧綰のもとをはなれ、朝鮮半島北部にのがれた。
II 衛氏の王朝
衛満は、当時、半島北部にあった箕子朝鮮(きしちょうせん)の王、準(じゅん)の信頼をえて国境防備の任にあたった。その後、かつての中国春秋時代(→ 春秋戦国時代)の覇者である燕や斉の遺民をうけいれて勢力の拡大につとめ、前漢の恵帝(在位、前157〜前141)のころ、準を追放して新しい王朝を開いた。これが衛氏朝鮮である。首都は、箕子朝鮮と同じく、現在の平壌付近の王倹城におかれた。
衛氏朝鮮は3代つづき、周囲の諸民族を征服して国土を拡大し、最盛時には遼東にまでおよんだ。前漢の武帝は衛氏朝鮮に使節を派遣し、漢帝国への帰順をうながしたが、衛満の孫の右渠(ゆうきょ)は帰順を拒否しただけでなく、漢からの使節を殺害してしまった。そのため、前109年に武帝は大軍を派遣して王倹城を包囲、翌年、右渠が暗殺されて、衛氏朝鮮は滅亡した。
III 部族連合説
衛氏朝鮮は中国の強い影響をうけて成立し、支配階級に多くの中国系移民がいたことから、以前は植民地的政権とみられていたが、現在そのような見方は否定されている。在地の豪族集団がどの程度まで国家運営にかかわっていたかについては、研究者によって見解がわかれているが、韓国の学界では、衛満も朝鮮系で、衛氏朝鮮もそのような人々による一種の部族連合とする説が定説化してきている。
これは メッセージ 1 (magekuri さん)への返信です.
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