持っている本要約
投稿者: secular2004jp 投稿日時: 2007/03/30 19:34 投稿番号: [4253 / 4578]
十字軍は最初虐殺し、アッコンから撤退するとき虐殺されて終わった。十字軍都市の多くはマムルーク軍に痕跡をとどめない程破壊された。
西欧志向で十字軍に見方したマロン派にマムルーク朝は報復し250年で1/3に。
少なくとも初期はオスマン帝国はキリスト教徒に寛大だった。(ミレット制自治)
17世紀レバノンのマーン家のアミール・ファフルディン2世はフランスとの交易を通じカトリックに改宗し、キリスト教を奨励したので逆鱗にふれ追放、殺された。
1840年代初めマロン派とドゥルーズ派武力衝突。1850年代の末激化。近代思想に目覚めた農民が封建領主に対し暴動したが未組織で有能な指導者もいず多数の犠牲者をだし鎮圧された。
1860年3月ダマスカス秘密会議(トルコ代表パシャとムフティ参加)政府暗黙の支持下でレバノン、シリアのクリスチャン攻撃決定。1ヶ月後ダマスカスも例外でなく1万人以上虐殺。フランス中心にベイルート上陸。政府はみてみぬふりしていたが干渉最小限にするため国際協定を結ぶ。
(中東情勢を見る眼
瀬木○太郎
○は耳に火
’84)
これは メッセージ 4252 (secular2004jp さん)への返信です.
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