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他の強制移住問題

投稿者: secular2004jp 投稿日時: 2007/03/30 18:59 投稿番号: [4252 / 4578]
古代から存在した。いやな習慣。
聖書のサマリア人は強制移住させられてできた混成民族でユダヤ人からも差別されたため善きサマリア人の譬えが残っている。

イラン
①アルメニア人
1604年アッバース1世は,ジュルファーの商人・工芸職人を含むアララト地域の居住民約5万人を イスファハーンへ強制連行(住むところがまたジュルファーと呼称される)その行軍過程で犠牲者がでた。アルメニア人は奴隷というより小姓の扱いだったとされるが厳しいね。因みに最初バーブを撃とうとしたのはアルメニア兵。アゼルバイジャンのからみでいまも仲は悪くはない。

(歴史の本の記憶、宮田氏の本、   参考URL

http://web.sfc.keio.ac.jp/~you/nenpyou.html

②フェレイダーン・グルジア人(ネットではじめて知った)
http://src-h.slav.hokudai.ac.jp/jp/news/104/news104-essay5.html
>17世紀初頭、サファヴィー朝中興の雄アッバース一世(在位1587-1629年)は、コーカサス(カフカス)での大規模な軍事作戦を行い、カスピ海沿岸とイラン高原中央部に住民を強制移住させた。これは、特にオスマン朝との国境付近における反乱要因の除去と、強制移住先の殖産や、住民の多様化によって、中央宮廷の支配権を強化する目的を持っていたものとして理解される。コーカサス南東部全域で宗派を問わず多くの住民が強制移住の対象となったが、とりわけ繰り返し叛乱を起こしたグルジア東部が蒙った人的損失は甚だしかった。
また、イランでも経済ネットワークと利権を保持して宗教共同体を存続させたアルメニア人やユダヤ人と異なり、強制移住させられたグルジア人は大部分が農民であったと考えられている。郷里グルジアは大国の草刈場と化し、必死に独立を保とうとしたが結局ロシアに併合された。他方、イランに移動した大方のグルジア人は細々とコロニーを存続させながら、自分たちの過去を振り返る余裕を持つこともなかったであろう。彼らはイスラームに改宗し、徐々に現地社会に同化していったと一般には考えられてきた。

宗派を問わずかもっとあったんでしょうね。
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