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今みつけた三省堂聖書百科全書②

投稿者: secular2004jp 投稿日時: 2006/06/16 23:07 投稿番号: [3620 / 4578]
>とりわけ聖書がきわめて危険な書物でもあるからである。聖書を根拠としてキリスト者は2千年近くにわたってユダヤ人を殺害してきた。ユダヤ人も約束の地を獲得しようとして他の人々を殺害してきた。この言い方はもちろん限定を要する。「ある」キリスト者たち,「ある」ユダヤ人たちと言い換えなければならない。それにしても,聖書を根拠として魔女たちが焚刑に処せられ,同性愛者たちが死刑にされ,子どもたちは鞭打たれ,アフリカの人たちが奴隷として移住させられ,女性は法律上子どもとして扱われ,動物は人間の所有物とされ,「平和の君」の名において戦争が正当化されてきた。トマス=ペイン(1737〜1809年)は言う。「聖書の半分以上を占める猥雑な物語,みだらな背徳の物語,残忍悪逆な処刑の情景,執拗な復讐心について読むと,聖書は神の言葉と呼ぶより悪魔の言葉と呼んだ方が適切である。聖書は邪悪の歴史であり,人類を腐敗させ野獣化させてきた」(『理性の時代』,1794年)。もっとも,これらの醜悪な態度や行為の一つ一つが聖書を根拠に断罪され,またある場合には聖書そのものの中で断罪されてきたのも事実である。こうしてみると,聖書は影響力の強い書物であり,異なった理解が可能なだけではなく全く反対の使い方をされる可能性のある書物である。

両方向の解釈ありうる。奴隷制と奴隷解放と。

>聖書は歴史から遊離したものではなく,歴史の中に浸っていることを思い返そう。聖書のテクスト(「聖書のすべての文字」)にしても,もともとは何者が語りまた書いたのか私たちにはわからない。書かれたテクストは長い年月をかけて伝えられ,多くの異文異読があるからである。確かにテクストはその本質からして変化しにくい。イザヤ書の写本がクムランの洞窟で発見された(290頁参照)が,それは約千年後にマソラ学者たち(資料編参照)によって確定されたテクストと驚くほど似ていた。それでも重要な異文があり,私たちには元のテクストがどうなっていたのかを知ることができない。異文は,時には写字生の誤記により発生し,時にはテクストそのものやその教えを明瞭にしようとして,意図的に変更したことによっても発生する(文献268,275,807を参照)。また時には,例えばエレミヤ書のテクスト原文をめぐって(206頁参照),あるいは使徒言行録の西方テクストをめぐって,大きな相違が生じる。一つの水源(著者自筆の原稿)から多くの異なる流れが分岐し,いくつかの系統のもとに分かれ多くの異文を含む写本ができ上がる。もしすべての文字が神の口から直接に出たものだとすると,どの異文が神の口から出たものなのだろうか。

  ユダヤ教徒もキリスト者も,聖書にどの文書を入れるかを定めるのに,長い年月を必要とした。またその決定にあたっては,どの文書が霊感を持つかの判断にはよらず,むしろ各々の共同体においてどの文書が神に由来する権威を持つべきかという判断によった。こうしたことを考えると,先に述べた意味で霊感をとらえることは難しくなる。(189頁,474〜475頁参照)。

聖書は歴史の所産である。権威主義は困る。意図的な誤りもある。
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