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一切ねぇ(2)

投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2002/12/23 22:09 投稿番号: [1226 / 2453]
【穏健派ナシャシービー】
  委員会は暴動が頻発する中、設立された。過去3年で最も深刻なアラブ人とユダヤ人との衝突が1936年に発生していた。委員会は、暴動の原因の断定と両者の申し立ての裁定を委ねられた。ハイム・ワイツマンはシオニストのために心を打つ印象的な演説を行った。エルサレムのムフティ(法官)であるハジ・アミン・アルフセイニーは委員会での証言を拒絶した。代わりに、ユダヤ移民の全面中止を要求した。アラブ人は委員会のボイコットを公式には続けていたが、説得力のあるワイツマン演説に応じようとする緊迫感があった。そうして元エルサレム市長のラゲブ・ベイ・アル・ナシャシビーは非公式のチャンネルと通じてアラブの観点を弁明するために派遣された。
http://www.wzo.org.il/home/politic/peel.htm


*だから、「ユダヤ指導部はこの分割案を受け入れ、ユダヤ機関に英国当局との交渉権限を与えた。一方アラブ側は一切の妥協を拒み、いかなる分割にも反対した。」は事実に反している。
  シオニストは分割という考えに賛成、分割案には反対。アラブは非公式ながらナシャシービーが分割案に賛成だったし(イスラエル建国物語を参照)、アブドゥラ国王は賛成していた。


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*他にも交渉があった。
【英米委員会】
  英国と米国は窮状調査に協調して、「英米調査委員会」を制定した。1946年4月に委員会は、パレスチナはアラブ、ユダヤ双方のいずれも優勢ではないという勧告を提出した。勧告は、国家創設や独立が市民戦争に帰着するだろうと結論を下した。つまりユダヤ・アラブの双方を導くように国連による信託統治を設立すべきで、それはパレスチナへの完全なユダヤ移民が許可され、そして2つの自治州はエルサレム、ベツレヘムおよびパレスチナ南端区域のネゲヴを統治する強力な中央政府と共に設立されるという事だった。
  英国政府、アラブ人とユダヤ人は勧告には承諾しないと答えた。
http://www.archives.gov/digital_classroom/lessons/us_recognition_of_israel/us_recognition_of_israel.html

*つまり、皆反対。
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