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>フセイニー

投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2002/12/13 08:52 投稿番号: [1203 / 2453]
▲ marchingpeople さん、こちらこそ返事ありがとうございます。

こうしてやりとりをしていて思ったのですが、あなたと私の食い違いは、宣言や協定で動くパレスチナ対民衆の慣習を含めた動きにあるようですね。

私もあなたに認めねばならないのは、イスラムのコーランは kill とか slay とか fight といった言葉が並ぶ過激なものですが、庶民レベルではそこまで深入りして読みあさる人は少なく、今でいう法律を代返していたのがイスラム教であるように思っています。   つまり、marchingpeople さんが前に発言された、イスラムは異教徒に寛容であったように思っています。   だからエルサレムでユダヤ人が生き延びてこられたのでしょう。

しかし、どうも第一次世界大戦が終わったエルサレムの宗教指導者フセイニの辺りから(1、2年のズレはありますが)、アラブ庶民の感情が急変したように思っています。   そこで登場するのが、きちんと教育を受けた良家のアジ・アミンです。
この時代の西欧の産業革命を受けて先進国が、まだそれを知らない産業が遅れた遊牧民主体のアラブ。   関係の無いところで宣言・協定が勝手に行われ、それがアラブの運命を決めていく。   それを目の当たりにしたのがアジ・アミン・アル・フセイニであると思っています(偏見だといわれるでしょうが)。
で、どうするか。   民衆蜂起という彼の結論に達したのではないでしょうか。   そして、その矛先がまずは身近なユダヤ人が対象となった。   また、それは「異教徒と戦え」というコーランの教えとも合致する。   イスラム教に立っている限り、この思想を止めるものは何もありません。   そのことが、金キラ金のエルサレムのモスク復興に現れたのではないでしょうか。

なお、【当初】は意地を張っておりますが、当然、協定もその中に入ってくるでしょう。   しかし、協定だけがすべてではないこともわかって欲しいのです。
何故なら、ユダヤ人がエルサレムに居られたのは寛容なイスラム圏であったからに他ならないからです。   それはイスラムの中に穏健派という方たちがいたということでもあります。
イスラム穏健派が、ことごとく圧制されたのもこの時代ではないでしょうか。
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