Re: 平和的自給自足自治の実現1
投稿者: yuyu10nen 投稿日時: 2011/01/27 06:12 投稿番号: [2 / 9]
誰もが平和的に自給自足自治できる世界が実現することを願っている。
それは、私たちが、互いに公平に互いの自由や平和を互いに守りあい、
尊重しあう世界だ。
そして、その相互関係の意味や体験の真実の意味を正しく理解したうえで、
最大限互い望む体験や関係性を、互いに楽しみあえるような世界だ。
それは、現状の世界から見れば、まだ高い目標ではある。
なぜならば、現状の世界では、互いの合意を本当の意味で尊重しようと
する社会意識がまだ未熟であり、
互いが、互いの支配勢力を争っている世界だから。
でも、それが不可能だとは、私には思えない。
もし、それが不可能であるとしたら、そもそも、私たちにそれを目指す
ことが「できる」自由意志がないということになるからだ。
そんなことは、ないであろう。
そうであれば、私たちは、まるで壊れた自動機械と同じようなものに
なってしまうだろう。
互いに互いが望まない体験を強制されないように「みんなで」配慮しあい、
守りあい、その上で、互いの望む体験を最大限に「みんなが」体験できる
世界にしようと意思することが、理性ある「意識存在」にできないはずはない。
それができる、そう願える自由意志を、私たちは、持っていると信じたい。
私たちは、望んでもいない欲望や気分や感情に翻弄され、肉体は生命エネルギーを操作され、自由の大部分を実は奪われている。
だが、それでも、本当にみんなが平和に自由に楽しく合意を尊重しあって
生きれる世界にしたい、、、と願う自由くらいは、あるのではないか?
その自由すらないならば、そもそも人間として生まれるということ、人間として生きるということに、はじめから問題があったという以外にはない。
それは人間個人の責任というよりも、そのように人間を創造し、あるいは
改造してきた創造者や支配者たちの責任問題である。
だが、そうした創造者や支配者たちにも、また人間が持っている以上の
自由があるはずだ。
その自由度は、人間よりもはるかに高い。
家畜と扱われている動物たちが、一般の市民としての人間よりもはるかに
不自由であり、さらにその不自由さにすら気がつけていないように、
人間の多くもまた、創造者や支配者たちに比べれば、そのように自由がなく、
また、それに気がつくこともできない状態で生きている。
だが、そんな生存状態は、美しいものであろうか?
存続される価値のある状態であろうか?
私はそうは感じれない。
これは メッセージ 1 (yuyu10nen さん)への返信です.
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