第3回議事概要(6月1日)(25)
投稿者: r13812 投稿日時: 2011/07/08 22:42 投稿番号: [54845 / 62227]
○米澤元IWCコミッショナー
世論というのが果たしてあるかどうかという
ことです。普通に例えばアメリカなどでも世論調査をしますと、私がここに
持っているのは1998年9月のアメリカの調査ですけれども、資源が十分あっ
たときに、捕鯨にあなたは反対しますかと聞くと、資源がよければ捕っても
いいというのは、アメリカでも70%ぐらい出ます。だけれども、IWCは果
たして政府の代表と称すべきものによる会議であるかどうかです。
それから、その後ろにいる反捕鯨団体とどういう関係にあるのかを見るこ
とが必要だと思います。私がさっき申し上げましたけれども、国連の場では
そういう極端な意見はあまり出ません。それがIWCに行くと極端な意見が
出てくるというのは、そこにイギリスとかアメリカ、スウェーデンなど、先
ほど私が言いましたけれども、クジラの問題を環境団体に丸投げをしている。
松田先生が言われたけれども、免罪符という面も十分あると思います。だか
ら、その辺は非常に難しいところです。
それから、2番目に、反捕鯨団体などは年間70億円とか100億円ぐらい使
っていると。アメリカだけしかお金はわからないのですが、ほかの国は報告
しなくていいし、監査も要らないから。ただ、アメリカの場合には報告が要
るものですから、アメリカの資料はとれるのですけれども、70億円とか100
億円というお金になっている。どこから出ているかというと、ロックフェラ
ーだとか、ゲイツとか、ピュウとかで、決して浄財ではない。市民の声が反
対というわけではないのです。70億円もあると自分に都合のいいようなこと
を書いてくれる、その学者が。そう言うと学者先生に怒られるけれども、作
家であるとか、幾らでも世の中いますよね。だから、必ずしもそういうこと
ではない。
争うべきところで、原理原則の問題として争っていくと。そういうことに
なりますと、私は反捕鯨の時代の真っ最中に矢面に立たされたけれども、意
外なところから応援団が出てくるのです。私はそういう声に支えられて、日
本だけ勝手なことを言っているというような気持ちになったことは一回もな
かったですよ、孤立感を抱いたこともない。だから、ここまではっきりして
いる問題で、争っているのは原理原則であって、必要であるか必要でないか
ということはあまり私の関心にはないのです。南氷洋の鯨資源にしても、日
本だけで独占していいというものでもないし、原理原則の問題として争って
いる。
国によってはそれに参加しない、あるいは、経済性が合わないから参加し
ないというのは、一向に差し支えないではないですか。だからといって、禁
止する必要が一体あるのか。調査であったとしたら、調査目的のためには、
一般に「多々益々弁ず」というところがあるのですけれども、RMPぐらい
のデータをとる。商業捕鯨のデータというのは偏りますからね。偏らないよ
うなデータをとると。RMPでやったら65万頭で捕獲は2,000頭ぐらいのも
のでしょう。それぐらいでサンプリングとるのは、サンプリング効果が大き
いと思うのです。2,000頭では産業というほどのものにはならないのではな
いかと私は思いますね。そういうことです。
世論というのが果たしてあるかどうかという
ことです。普通に例えばアメリカなどでも世論調査をしますと、私がここに
持っているのは1998年9月のアメリカの調査ですけれども、資源が十分あっ
たときに、捕鯨にあなたは反対しますかと聞くと、資源がよければ捕っても
いいというのは、アメリカでも70%ぐらい出ます。だけれども、IWCは果
たして政府の代表と称すべきものによる会議であるかどうかです。
それから、その後ろにいる反捕鯨団体とどういう関係にあるのかを見るこ
とが必要だと思います。私がさっき申し上げましたけれども、国連の場では
そういう極端な意見はあまり出ません。それがIWCに行くと極端な意見が
出てくるというのは、そこにイギリスとかアメリカ、スウェーデンなど、先
ほど私が言いましたけれども、クジラの問題を環境団体に丸投げをしている。
松田先生が言われたけれども、免罪符という面も十分あると思います。だか
ら、その辺は非常に難しいところです。
それから、2番目に、反捕鯨団体などは年間70億円とか100億円ぐらい使
っていると。アメリカだけしかお金はわからないのですが、ほかの国は報告
しなくていいし、監査も要らないから。ただ、アメリカの場合には報告が要
るものですから、アメリカの資料はとれるのですけれども、70億円とか100
億円というお金になっている。どこから出ているかというと、ロックフェラ
ーだとか、ゲイツとか、ピュウとかで、決して浄財ではない。市民の声が反
対というわけではないのです。70億円もあると自分に都合のいいようなこと
を書いてくれる、その学者が。そう言うと学者先生に怒られるけれども、作
家であるとか、幾らでも世の中いますよね。だから、必ずしもそういうこと
ではない。
争うべきところで、原理原則の問題として争っていくと。そういうことに
なりますと、私は反捕鯨の時代の真っ最中に矢面に立たされたけれども、意
外なところから応援団が出てくるのです。私はそういう声に支えられて、日
本だけ勝手なことを言っているというような気持ちになったことは一回もな
かったですよ、孤立感を抱いたこともない。だから、ここまではっきりして
いる問題で、争っているのは原理原則であって、必要であるか必要でないか
ということはあまり私の関心にはないのです。南氷洋の鯨資源にしても、日
本だけで独占していいというものでもないし、原理原則の問題として争って
いる。
国によってはそれに参加しない、あるいは、経済性が合わないから参加し
ないというのは、一向に差し支えないではないですか。だからといって、禁
止する必要が一体あるのか。調査であったとしたら、調査目的のためには、
一般に「多々益々弁ず」というところがあるのですけれども、RMPぐらい
のデータをとる。商業捕鯨のデータというのは偏りますからね。偏らないよ
うなデータをとると。RMPでやったら65万頭で捕獲は2,000頭ぐらいのも
のでしょう。それぐらいでサンプリングとるのは、サンプリング効果が大き
いと思うのです。2,000頭では産業というほどのものにはならないのではな
いかと私は思いますね。そういうことです。
これは メッセージ 54844 (r13812 さん)への返信です.
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