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米澤邦男「捕鯨紛争の歴史」(9)

投稿者: r13812 投稿日時: 2011/06/06 20:59 投稿番号: [54316 / 62227]
しかしそのIWCが昨年動いた。わが国からの参加も得た非公式協議を経てIWC議長(チ
リー)が合意案を提示したのである。

交渉の経過は明らかにされず、又、合意案の全文の日本語訳も公式には発表されていな
いが、提案に付された議長声明は、この提案を参加者の真剣な討議の賜物であると称揚し、
条約理念(パラダイム)はこの合意により変更されると述べている。パラダイムの変更が
条約を実質上鯨類保護条約に変えたとする宣言と解しうるが、事は重大である。

条約実施機関に過ぎないIWCに条約の実質的改正を行う権限はなく、条約5 条2 項は、
保存措置を記載する条約付表の変更をこの条約の目的を遂行するため並びに鯨資源の保存
開発及び最適利用に必要なもの科学的認定に基くものに限ると明示的に規定する。もし、
今回の合意内容が議長声明の通りであるとすれば、合意案は越権行為、条約規定違反とし
て国際法上無効な合意であり、少なくとも、それに合意しなかった締約国には拘束力を持
たずこれらの国には原合意が効力を持つ。(ウィーン条約国条約40 条)

しかし、議長声明と合意案には別な巧妙な仕掛けがある。ガマー氏やニュージーランド
の元外務次官補が公然と認めるように、反捕鯨に条約(国連開洋法条約を含め)上、主張
しうる理由は存在しないことは明らかであるが、合意文書はその主張に正当性を与えると
いう実質的効果を持つ。又、そのことは1982 年以降モラトリアム決議が条約付表に存続
したことにより国際慣習化したとする主張に手を貸す結果ともなり、来るべき国際司法裁
判所の審議にも影響を与えるおそれが生ずる。これに関して、この合意にはもう一つの巧
妙な仕掛けがある。通常の条約、国際合意に見られる留保条項(DISCLAIMER)の欠如
である。合意は常にこれが締約国の基本的立場の重大な変更と解釈され、そこに新たな紛
争を生む潜在的危険をもつ。そこで条約や合意は通常適当な文言、例えば「この合意のい
かなる部分も、締約国の条約目的、条文の解釈等に関する基本的立場を害するものと解釈
されてはならない」とするような留保条項を用意する。しかしそれの欠如は条約パラダイ
ムの変更指示宣言ともとれるのである。違法な決定でも全会一致の合意であれば、それな
りの意義をもつ。それがチリー議長合意案の狙いであろう。
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