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米澤邦男「捕鯨紛争の歴史」(4)

投稿者: r13812 投稿日時: 2011/06/06 20:33 投稿番号: [54311 / 62227]
以上、みてきたように国連海洋法条約の締結及びNMP 合意により、問題解決への国際社
会の意思は、明らかであり、又、次の点は云うまでもない。
国連海洋法条約は、基本法であり、個別条約である国際捕鯨取締条約(IWC 条約)の規定
の中、海洋法条約と矛盾する条項は、同条約の発効とともに効力を失った。IWC 条約の執
行機関に過ぎないIWC は、条約を変更する権能を持たず、又、海洋法条約と矛盾する決
定を行うことはできない。しかし、国際合意が成立した1977 年以降、この合意を快よし
としない反捕鯨勢力は、IWC を舞台にこの合意の破壊を決意する。反捕鯨を目的をする新
規加入国の大量参入がその第一陣であり、合意を主導した米などの勢力も、それを黙認放
置した。

加盟国はその結果、77 年の17 カ国から82 年には39 カ国に増大し、又、参加に特別の
基準を持たない科学委員会も77 年の約20 名から82 年には、その2 倍を越え、高度の学
術討論の場であった同委員会も殆ど大衆討議の場と化し、反捕鯨論者は討論に敗れても自
らの意見を少数意見として報告書の中に残し、これを本会議で多数意見として採択すると
いう戦術を臆面もなく採用した。会議の手続き上、わが方にこれを阻止する手段は乏しか
った。
(注4)この時代、科学委員会の討議の質の低下を象徴するような事件が数限りなく起こった。例えば、
南氷洋ミンク鯨の資源評価をめぐる大隅ホルト論争であり、第二は、北太平洋マッコウ鯨をめぐ
るクック等によるコンピューター不正操作事件である。1976 年IWC 科学委員会で、当時反捕鯨
派科学者のリーダーであったシドニー・ホルト博士は南氷洋ミンク鯨の資源を45 万頭と推定し
た大隅清治博士の論文を批判し、資源量は2 万頭と主張した。余りにも非常識な数値であり、さ
すが大衆討議の場と化した科学委員会も報告書記載を拒否している。その後のわが方のより精緻
な科学的調査は、大隅の数字も過小評価であったと結論している。
次にマッコウの件である。1977 年のキャンベラIWC 会議にクック等は、尨大なシミュレーショ
ン解析による北太平洋マッコウ鯨資源の研究結果とする報告書を提出、シドニー・ホルト等がこ
れを手離しで称揚したため、欧米紙に広く宣伝された。筆者は、土井長之博士の分析と全く矛盾
するこの論文を直ちにコンピューターの不正操作と確信し、検討時間不足を理由に特別会議の開
催による検討を提案、クックの分析に自信をもつかにみえた彼等は、あっさりこれに応じた。帰
国後あらためてコンピュータープログラムの再検証を行ったところ、プログラムは、クック等の
主張する結果を導く所ではなく、その中心的な部分は計算続行不可能とする結果が出た。これを
指摘されたクックは、その論文を撤回した。
しかし、マキアベリズムの極をつくしても日本が年々実施する科学調査の結果は、彼等の主張の
根拠を次々と突き崩し、60 年代後半、特に72 年以降の南氷洋捕鯨は概ね適正水準を下廻るもの
であったことを証明し、わが国の実施する調査は彼らのもっとも忌み嫌う存在となった。
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