米澤邦男「捕鯨紛争の歴史」(2)
投稿者: r13812 投稿日時: 2011/06/06 20:31 投稿番号: [54309 / 62227]
ガーデアン紙の論説は、単にRMP の実施問題として論じているのではない。過去20
数ヶ月IWC における科学論争は勿論、国連海洋法条約、1992 年地球サミットにおけるア
ジェンダ21 の作成課程などで自らの主張を十分に貫徹する機会を持ちながら、それに悉
く破れたという歴史的事実を背景としている。とくにニュージーランドは1991 年地球サ
ミットの準備会合の席上、RMP の完成によりIWC 条約上、捕鯨の復活を防ぐ手段はなく
なったと主張し、それを防ぐ唯一の手段は、地球サミットにおいて捕鯨10 年モラトリア
ムを採択し、その後に捕鯨禁止条約をつくる外はないと訴えたが、遂に大方の支持を受け
ることなく、本会議前にその提案を撤回している。因みに同国は提案理由として倫理を持
ち出していない。違法操業の激化による乱獲の危険を理由としたのである。
論争には鯨問題に限らず、法の支配という大きな問題が覗く。
(1)国連人間環境会議から国連海洋法会議を経てIWC での最初の合意成立まで
さて、本題にはいろう。 捕鯨紛争の発端が、1972 年6 月ストックホルム国連人間環境
会議における米国提案、「捕鯨10 年停止(モラトリアム決議)」にあったことは周知のこ
とであるが、この問題に関連し72 年以降、次のような進展があった。
① 同1972 年8 月、カラカスにおいて新しい国連海洋法条約を作成するための国連会
議が召集され、1977 年、深海海底源開発を除く条約草案につき合意が成立し、条約発効
をまたずに各国はこれを実施に移した。
② こうした動きに呼応する形でIWCでも次のような大きな進展があった。
(A)1972 年6 月ストックホルム国連会議の直後に開催されたIWC 本会議に先立つ科学
委員会会議の冒頭ダグラスチャップマン議長(米、ワシントン大学教授)が、「捕鯨10
年停止国連決議に科学的根拠なしとする決議」を提案、反対意見の表示もなく全会一致
で採択された。
(注1)科学委員会には、ストックホルム会議の米代表団の一員であったウイリアム・アロン博士等も
参加していたが、あっさりチャップマン決議に賛成した。筆者は全てが米政府の筋書きとおり
ではなかったかと考えている。
(B)1973 年IWC は、実質的には米提案であった豪提案「新資源管理手続き」(NMP)
を採択した。NMP は要するに捕獲枠計算方式である。
(注2)72 年〜75 年当時、IWC加盟国数は17 ヶ国、南氷洋捕鯨国は、日ソ両国のみ、科学委員会の
圧倒的多数は、米・英等非捕鯨国の学者達であった。
数ヶ月IWC における科学論争は勿論、国連海洋法条約、1992 年地球サミットにおけるア
ジェンダ21 の作成課程などで自らの主張を十分に貫徹する機会を持ちながら、それに悉
く破れたという歴史的事実を背景としている。とくにニュージーランドは1991 年地球サ
ミットの準備会合の席上、RMP の完成によりIWC 条約上、捕鯨の復活を防ぐ手段はなく
なったと主張し、それを防ぐ唯一の手段は、地球サミットにおいて捕鯨10 年モラトリア
ムを採択し、その後に捕鯨禁止条約をつくる外はないと訴えたが、遂に大方の支持を受け
ることなく、本会議前にその提案を撤回している。因みに同国は提案理由として倫理を持
ち出していない。違法操業の激化による乱獲の危険を理由としたのである。
論争には鯨問題に限らず、法の支配という大きな問題が覗く。
(1)国連人間環境会議から国連海洋法会議を経てIWC での最初の合意成立まで
さて、本題にはいろう。 捕鯨紛争の発端が、1972 年6 月ストックホルム国連人間環境
会議における米国提案、「捕鯨10 年停止(モラトリアム決議)」にあったことは周知のこ
とであるが、この問題に関連し72 年以降、次のような進展があった。
① 同1972 年8 月、カラカスにおいて新しい国連海洋法条約を作成するための国連会
議が召集され、1977 年、深海海底源開発を除く条約草案につき合意が成立し、条約発効
をまたずに各国はこれを実施に移した。
② こうした動きに呼応する形でIWCでも次のような大きな進展があった。
(A)1972 年6 月ストックホルム国連会議の直後に開催されたIWC 本会議に先立つ科学
委員会会議の冒頭ダグラスチャップマン議長(米、ワシントン大学教授)が、「捕鯨10
年停止国連決議に科学的根拠なしとする決議」を提案、反対意見の表示もなく全会一致
で採択された。
(注1)科学委員会には、ストックホルム会議の米代表団の一員であったウイリアム・アロン博士等も
参加していたが、あっさりチャップマン決議に賛成した。筆者は全てが米政府の筋書きとおり
ではなかったかと考えている。
(B)1973 年IWC は、実質的には米提案であった豪提案「新資源管理手続き」(NMP)
を採択した。NMP は要するに捕獲枠計算方式である。
(注2)72 年〜75 年当時、IWC加盟国数は17 ヶ国、南氷洋捕鯨国は、日ソ両国のみ、科学委員会の
圧倒的多数は、米・英等非捕鯨国の学者達であった。
これは メッセージ 54308 (r13812 さん)への返信です.
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