BEKOFF「倫理と海洋哺乳類」12
投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/10/06 18:41 投稿番号: [48289 / 62227]
C.動物園:水族館とマリン・テーマパーク
(つづき)
飼育下の動物では野生の個体よりも死亡率(自然流産、死産)が高い(これは
特にシャチについてあてはまる)。飼育下のシャチでは成獣の死亡率も高い。
年間生存率のデータは限られているがこれによると、捕囚状態への移行期に
死亡率が高く、年間生存率の違いは種によって、また同一種中でも年齢層に
よって異なるということが示されている。
動物園や水族館を訪れた人々が、実際に見た動物や、その野生の同類に
とって利益となるような感情や知識を長期間保持するという証拠はほとんど
無い。更に、海洋哺乳類の保全に積極的な努力を行っている動物園は
非常に少ない。動物園水族館協会(AZA)が米国の動物園を監視し、
それらが一定の基準を満たしているかどうかの認定をおこなっているが、
この協会の実務概要によると、「動物園、水族館訪問者の保全に関する
知識、意識、影響、態度に対する動物園、水族館の影響について、システ
マティックな調査はほとんど行われていないか、まったく行われていない」
となっている。
動物園が、なによりもビジネスであり、その究極の関心が金銭である
ということについても倫理的に憂慮されている。
海洋哺乳類を捕獲し、飼育することには多大な出費を必要とする。
動物を捕獲し、輸送し、飼育を持続させるために必要な金銭は、野生での
調査にあてられたほうが有効であるとの示唆がなされている。
また、多大な金額が動物のためにではなく広告宣伝、パブリックリレイ
ションに支出されている。
公衆に展示されている自然のイメージは企業の視点から作り上げられた
ものであり、動物にとって良好なものであるよりも、観客が見たがっている
ようなものとして形作られているという意見もある。
その証拠に多数の「フリッパー(イルカの典型イメージ)」や「シャーム
(シャチのモデル)」が存在していて、彼らの生態は野生の同種、同類
とは似ても似つかないものとなっている。
似たようなことは捕獲された動物の研究調査についても起っている。
かれらの生活の多くの点について、情報が得られるということは確かで
ある(母性行動、自己認識、社会行動、コミュニケイション、認知能力)。
しかし囚われた動物からの研究成果については研究者、哲学者、多くの大学、
さまざまな基金により、次第に批判的な吟味が加えられるようになってきた。
その効用に配慮せず、動物個体をとらえておくことは許されるか、とらえられた
個体の研究から知識が得られるということが、動物を檻の中や水槽に閉じ込めて
おくことを正当化するか、より自然な環境でもっと信頼性のあるデータが得ら
れるのではないか、等々が主要問題である。
ほとんどの海洋哺乳類で、その生活史はまだあまりよく知られていない。
多くの人々にとっては囚われた動物やその同類、その他の生物種が集積する
動物の便益が中心課題なのであり、人間が集める利益が中心なのではない。
しかし成果が動物に利益になるように用いられることは、いくらかの医療上の
学習や飼育条件を改善すること以外では稀である。囚われた動物で行われる
作業から、野生の同類が利益を得ることはほとんどない。
飼育下の動物では野生の個体よりも死亡率(自然流産、死産)が高い(これは
特にシャチについてあてはまる)。飼育下のシャチでは成獣の死亡率も高い。
年間生存率のデータは限られているがこれによると、捕囚状態への移行期に
死亡率が高く、年間生存率の違いは種によって、また同一種中でも年齢層に
よって異なるということが示されている。
動物園や水族館を訪れた人々が、実際に見た動物や、その野生の同類に
とって利益となるような感情や知識を長期間保持するという証拠はほとんど
無い。更に、海洋哺乳類の保全に積極的な努力を行っている動物園は
非常に少ない。動物園水族館協会(AZA)が米国の動物園を監視し、
それらが一定の基準を満たしているかどうかの認定をおこなっているが、
この協会の実務概要によると、「動物園、水族館訪問者の保全に関する
知識、意識、影響、態度に対する動物園、水族館の影響について、システ
マティックな調査はほとんど行われていないか、まったく行われていない」
となっている。
動物園が、なによりもビジネスであり、その究極の関心が金銭である
ということについても倫理的に憂慮されている。
海洋哺乳類を捕獲し、飼育することには多大な出費を必要とする。
動物を捕獲し、輸送し、飼育を持続させるために必要な金銭は、野生での
調査にあてられたほうが有効であるとの示唆がなされている。
また、多大な金額が動物のためにではなく広告宣伝、パブリックリレイ
ションに支出されている。
公衆に展示されている自然のイメージは企業の視点から作り上げられた
ものであり、動物にとって良好なものであるよりも、観客が見たがっている
ようなものとして形作られているという意見もある。
その証拠に多数の「フリッパー(イルカの典型イメージ)」や「シャーム
(シャチのモデル)」が存在していて、彼らの生態は野生の同種、同類
とは似ても似つかないものとなっている。
似たようなことは捕獲された動物の研究調査についても起っている。
かれらの生活の多くの点について、情報が得られるということは確かで
ある(母性行動、自己認識、社会行動、コミュニケイション、認知能力)。
しかし囚われた動物からの研究成果については研究者、哲学者、多くの大学、
さまざまな基金により、次第に批判的な吟味が加えられるようになってきた。
その効用に配慮せず、動物個体をとらえておくことは許されるか、とらえられた
個体の研究から知識が得られるということが、動物を檻の中や水槽に閉じ込めて
おくことを正当化するか、より自然な環境でもっと信頼性のあるデータが得ら
れるのではないか、等々が主要問題である。
ほとんどの海洋哺乳類で、その生活史はまだあまりよく知られていない。
多くの人々にとっては囚われた動物やその同類、その他の生物種が集積する
動物の便益が中心課題なのであり、人間が集める利益が中心なのではない。
しかし成果が動物に利益になるように用いられることは、いくらかの医療上の
学習や飼育条件を改善すること以外では稀である。囚われた動物で行われる
作業から、野生の同類が利益を得ることはほとんどない。
これは メッセージ 48288 (aplzsia さん)への返信です.
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