BEKOFF「倫理と海洋哺乳類」11
投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/10/06 18:39 投稿番号: [48288 / 62227]
C. Zoos: Aquariums and Marine
Theme Parks
C.動物園:水族館とマリン・テーマパーク
水族館とマリン・テーマパークを含む動物園の存在は多くの重要で難しい
倫理的な問題を提起する。多くの人々がエキゾチックな動物に興味を持つと
いうことは確かなことであり、海洋哺乳類もそれに含まれる。
ケラートによると、アメリカ人の多数派は明確な教育上および科学的な
利点が無い限り、囚われた海洋哺乳類の展示に反対している。
囚われた個体の飼育に憂慮があるのだ。
動物にとって援助ともなるような教育上、科学上の利点が生じていると
信じられているが、現在のところそのような明確な便益をはっきりと示す
データは無い。
平均的な動物園訪問者は典型的な展示の前に30秒から2分間とどまるに
すぎず、動物についてのいくらかの表示を読むにすぎない。多くの調査が
示すことは、人々が動物園に行くのは主にエンタテイメントのためだ
ということである。
スコットランド、エディンバラ動物園での調査では、教育的な理由で動物園を
訪れたのはわずか4%の訪問者であり、誰も動物保全を支援するために
訪れたとは特に言明しなかった。
現在のところ、将来動物たちを支援するような教育的情報が動物園で
えられるということを示す実証的なでデータはほとんど無い。
動物を人間に見せるために囚えておくということが、そのような
ことが正しいことだというメッセージを伝えることになると、憂慮する
意見もある。
個々の動物がどのように捕獲され、輸送され、さまざまなタイプの捕囚
状況に置かれているのかということに多くの疑問が寄せられている。
動物たちは捕獲と輸送の際に負傷したり、ストレスを被っている。
家族的なグループは破壊され、個体群の社会構造は低下する。野生個体群
における社会構造変化の影響についてはあまりよく知られていない。
善意の人々はしばしば、囚われている動物の生活が、野生のものよりも
良好で良質であると主張する。しかし海洋哺乳類について、得られている
データはこの主張をそれほどよく支持してはいない。
倫理的視点からするならば、この主張に意味があるのかどうかと、まず
考えてみなければならない。何千年にもわたって進化してきた行動パターン
の多くが、囚われている動物ではラディカルに変化してしまうのである。
捕食、飢餓、病気は野生が野生であることの一部である。不自然な
囚われの環境で長生きすることは、野生で短く生きることよりもましな
ことなのだろうか。
飼育、養殖により余剰の動物を利益目的で作り出すということも多くの
議論を導き出す。たとえばホッキョクグマが一時的にメディアの脚光を
浴び、そのニュースバリューや効用が汲み尽くされると他の動物園へ
送られるというようなことが、このテーマに属する。
似たようなことで、野生へ返すことが不能になった不要あるいは余剰の
動物の取引、贈与、貸し出しも多くの倫理上の問題を引き起こす。
動物を財産権として扱うことの問題がこれに含まれる。
海洋哺乳類を飼育下に置いておくことの動物たち自身への利益は不可知の
状態にとどまっている。海洋哺乳類の社会的、物理的環境を、飼育下で
再現することはヴァーチャルに不可能だから、これらの動物を不自然な
状態で確保しておくことは倫理的な問題を生じさせる。生活の質が低下
していることにはほとんど疑問が無い。
摂食、扶養、回遊等の体得されたパターンが、飼育下では失われる。
社会的組織化のパターン(グループサイズとその構成)も同様に失われる。
飼育条件の現実上の理由から、グループサイズは野生で見られるサイズ
よりもはるかに小さい。捕囚状態から、行動のステレオタイプ化があらわれる。
自傷行為、異常にハイレベルな攻撃性などがこれに含まれる。
さらに個々の動物は観衆の視線から逃れることができず、いつどこで
休息をとるかを選択できない。
(この節つづく)
Theme Parks
C.動物園:水族館とマリン・テーマパーク
水族館とマリン・テーマパークを含む動物園の存在は多くの重要で難しい
倫理的な問題を提起する。多くの人々がエキゾチックな動物に興味を持つと
いうことは確かなことであり、海洋哺乳類もそれに含まれる。
ケラートによると、アメリカ人の多数派は明確な教育上および科学的な
利点が無い限り、囚われた海洋哺乳類の展示に反対している。
囚われた個体の飼育に憂慮があるのだ。
動物にとって援助ともなるような教育上、科学上の利点が生じていると
信じられているが、現在のところそのような明確な便益をはっきりと示す
データは無い。
平均的な動物園訪問者は典型的な展示の前に30秒から2分間とどまるに
すぎず、動物についてのいくらかの表示を読むにすぎない。多くの調査が
示すことは、人々が動物園に行くのは主にエンタテイメントのためだ
ということである。
スコットランド、エディンバラ動物園での調査では、教育的な理由で動物園を
訪れたのはわずか4%の訪問者であり、誰も動物保全を支援するために
訪れたとは特に言明しなかった。
現在のところ、将来動物たちを支援するような教育的情報が動物園で
えられるということを示す実証的なでデータはほとんど無い。
動物を人間に見せるために囚えておくということが、そのような
ことが正しいことだというメッセージを伝えることになると、憂慮する
意見もある。
個々の動物がどのように捕獲され、輸送され、さまざまなタイプの捕囚
状況に置かれているのかということに多くの疑問が寄せられている。
動物たちは捕獲と輸送の際に負傷したり、ストレスを被っている。
家族的なグループは破壊され、個体群の社会構造は低下する。野生個体群
における社会構造変化の影響についてはあまりよく知られていない。
善意の人々はしばしば、囚われている動物の生活が、野生のものよりも
良好で良質であると主張する。しかし海洋哺乳類について、得られている
データはこの主張をそれほどよく支持してはいない。
倫理的視点からするならば、この主張に意味があるのかどうかと、まず
考えてみなければならない。何千年にもわたって進化してきた行動パターン
の多くが、囚われている動物ではラディカルに変化してしまうのである。
捕食、飢餓、病気は野生が野生であることの一部である。不自然な
囚われの環境で長生きすることは、野生で短く生きることよりもましな
ことなのだろうか。
飼育、養殖により余剰の動物を利益目的で作り出すということも多くの
議論を導き出す。たとえばホッキョクグマが一時的にメディアの脚光を
浴び、そのニュースバリューや効用が汲み尽くされると他の動物園へ
送られるというようなことが、このテーマに属する。
似たようなことで、野生へ返すことが不能になった不要あるいは余剰の
動物の取引、贈与、貸し出しも多くの倫理上の問題を引き起こす。
動物を財産権として扱うことの問題がこれに含まれる。
海洋哺乳類を飼育下に置いておくことの動物たち自身への利益は不可知の
状態にとどまっている。海洋哺乳類の社会的、物理的環境を、飼育下で
再現することはヴァーチャルに不可能だから、これらの動物を不自然な
状態で確保しておくことは倫理的な問題を生じさせる。生活の質が低下
していることにはほとんど疑問が無い。
摂食、扶養、回遊等の体得されたパターンが、飼育下では失われる。
社会的組織化のパターン(グループサイズとその構成)も同様に失われる。
飼育条件の現実上の理由から、グループサイズは野生で見られるサイズ
よりもはるかに小さい。捕囚状態から、行動のステレオタイプ化があらわれる。
自傷行為、異常にハイレベルな攻撃性などがこれに含まれる。
さらに個々の動物は観衆の視線から逃れることができず、いつどこで
休息をとるかを選択できない。
(この節つづく)
これは メッセージ 48287 (aplzsia さん)への返信です.
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