BEKOFF「倫理と海洋哺乳類」8
投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/09/17 16:38 投稿番号: [47829 / 62227]
III. Hunting Whales
第3章
鯨の狩猟/捕鯨
鯨の狩猟は功利主義の考え方を反映する多くの争点を容易に導き出す
問題である。
狩猟そのものが中心なのか、その経済的意味が中心なのかを置くとしても、
鯨は有用品だと見なされることが多い。
個々にとってのコストが方程式に入れられて衡量されることは稀である。
かつては、多くの人々が鯨は無尽蔵の資源であると考えていた。
歴史的に、鯨を殺すことに対する制限が設けられたことはあまりない。
ホエールウォッチングがポピュラーになるにつれて、鯨は死んでいる
より生きているほうが価値があるということになった。
消費的資源から、非消費的資源になったということである。
鯨の狩猟に関しては、政治的動機、社会文化的動機も役割をはたす。
いろいろな原住民(たとえばワシントン州のマカー族)が捕鯨をしうる
ということ(マカー族の場合コククジラ)を欲するのは、彼らの
祖先がそうしていたからという理由であり、これが彼らの文化的遺産の
一部だからという理由である。
捕鯨の伝統は「われわれが誰であるか」を定義する事柄である、と彼らは
主張する。
原住民捕鯨のリバイバルは世界の各地で問題になっており、コククジラ
以外の鯨種も巻き込まれている。対象鯨種が絶滅の瀬戸際にある場合、
捕鯨が許容しうると論ずる人はあまりいない。
同様に、鯨の捕殺が食糧として基本的であるような場合、これに反対する
人はあまりいない。
しかし対象鯨類が危機的状況に無い場合、捕鯨の継続あるいは再開について
人々の見解に合意が見られない。ある見解によれば、捕鯨は当該原住民
グループの文化遺産の一部なのだから許容しうるとなり(文化復興)、
他の見解では、すたれた文化習慣は他にも多数あり、それらを復興しよう
という努力はほとんどなされていない、ということである。
生存にとって基本的な事柄ではないならば、なぜ捕鯨がそれほど重要なの
だろうか。
鯨を捕殺する方法についても異論が多い。たとえばマカー族は銛で傷ついた
鯨を殺すのにライフル銃を使う。米国人の大多数は兵器類の使用に反対している。
鯨を追いかけ回すことは個々の個体の物理的、心理的厚生を阻害する。
死亡は通常瞬間的にはおこらず、しばしば10分を越える。さらに家族構成
が破壊される。
総体として、鯨やアザラシなどの海洋哺乳類、その他の動物の狩猟は
数多くの倫理上の問題をひきおこす。
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(第4章「囚われた動物を保有すること」につづく)
これは メッセージ 47828 (aplzsia さん)への返信です.
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