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近代捕鯨史第3章:捕鯨産業4

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/08/29 19:46 投稿番号: [47129 / 62227]
J. N. TONNESSEN   +   A.O. JOHNSEN著   ”THE HISTORY OF MODERN WHALING”
42ページ以下

<Whalers and their working life   /捕鯨者とその労働生活>

すでに見たように、1930年代にはドイツ人たちがフォインの爆薬内蔵銛は
本当はドイツの発明だと主張した。これに付随してフォインは実験初期の
数年間にドイツ人の砲手を雇っていたともしばしば主張された。
このあとのほうの主張も、前者同様誤りである。

フォインの船の乗組員リストをすべて見てみると、彼がドイツ人を雇った
ことは一度も無いことがわかる。いくらかの「外国人」として見い出される
のはほとんどスウェーデン人であり、これにわずかな数のデンマーク人が
加わる。

重装備の捕鯨船が北へ向かう2月、3月の航海は危険なものだった。
最も多く人命を失ったのはこのような途上航海中の事故であり、
捕鯨操業中のものではなかった。

1887年には46人を乗せたキャッチャーボートが沈没し、助かったのは
二人だけだった。1892年には28人を乗せた船が嵐の中で浸水して沈没した。
1897年4月にはアイスランドに向かう捕鯨船が跡形も無く消息を断った。

この3つの事故で106名が死亡したが、われわれが知る限りこの
11年間で捕鯨作業中あるいは工場での作業中に死亡した者は
ほんのわずかである。

しかし鯨を追うことは高度に危険ではありうる。はじめの頃は
捕鯨砲がよく爆発し、砲手が死亡したり重傷を負った。鯨に当たる
前に銛が爆発するという形での事故もあった。ある事例では
鯨を船の舷側に引き寄せるまで不発だった銛が突然爆発した。
船には穴が空き、沈んだ。

鯨が負傷しただけだとロープの全長を引っ張って、エンジンに逆進を
かけても鯨がかなりの速度で船を引くということがあった。この場合、
鯨を疲れさせるために「ループを走る」というやり方をする。
鯨を真後ろから追うのではなく、脇へまわって鯨と並行に走り、
間のロープに大きな湾曲をもたせるのである。

このやり方も危険でありうる。二つの事例では鯨が強く横へ引いた
ために船が亀の子のように転覆し、沈んだ。これで多くの生命が失われた。

鯨が疲れ果てて静かになり、しかし死んではいないという場合、人が
手漕ぎボートで漕ぎ出して槍でとどめを刺す。ここから「鯨に槍を
たてる」という表現が生まれた。これもリスクをともなう作業である。
鯨が突然息を吹き返して尻尾でボートを叩き潰すということが起こりうる。
ある時に、スヴェン・フォインは鯨の引っ張るロープに脚を巻かれ、
あやうく死にかけたということがあった。

(つづく)
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