動物油は北欧州食文化/ナチスと日新丸4
投稿者: aplzsia 投稿日時: 2010/08/23 19:24 投稿番号: [46989 / 62227]
J. N. TONNESSEN
&
A.O. JOHNSEN著『THE HISTORY OF MODERN WHALING』
370ページ
【第21章/1927-1931年の拡大】つづき
ドイツ(および中央ヨーロッパ)の主導的位置を素描するために
いくらかの数値を挙げておこう。
1929年にドイツは90万トンの食用油脂をヨーロッパで販売した。
これは1928−9年のすべての南極産鯨油の3.5倍にあたる。
これに加えてドイツの石鹸販売量は45万トンであった。ドイツ市場は
このうち約43%を吸収し、英国は31%、オランダは10%であった。
ドイツの鯨油輸入は1932年に23万4000トンであり、16万9000トンは
ユニリーバのドイツ工場にわたった。独立企業にまわったのは4万2000
トンだけだった。
オランダではマーガリン販売のほぼ100パーセントがユニリーバに
よるものであり、英国では70%、ドイツでは65%だった。
更に1929年にはトラストがドイツ搾油産業の植物油と牛用飼料の
輸入および販売の71%を支配し、これによってドイツのバター生産を
ある程度制御することができた。
第一次世界大戦の経験は、危機の状況で油脂の供給がドイツ国内経済の
アキレス腱になるということを示していた。
1933年1月に政権を掌握したナチスの最初の攻撃の一つはユニリーバに
向けられた。ドイツへの油脂供給は外国勢力から自立していなければならず、
ドイツ油脂市場は世界市場との繋がりを維持していなければならない、
というのがその趣旨である。われわれは後に、これが捕鯨にとって致命的な
結果をもたらしたこと、特にノルウェー捕鯨にとって致命的であったことを
見るであろう。
奇妙なことに、なぜすべての鯨油がヨーロッパのゲルマン(北方)民族によって
吸収されたのかという疑問を扱った信頼できる文献は特に存在しない。
これが気候、伝統および味覚によるものだということには疑問の余地がない。
自然条件からして、北のほうの国々での生活は動物起源の食品をベース
としたものにならざるをえなかった。魚、肉、ベーコン、牛乳、バターであり、
最近ではその代替のマーガリンである。
南のほうの国々では、より大きな部分を植物性食品が占めていた。
果実、野菜、オリーブ油である。1931年のフランス、スペイン、イタリアを
あわせたオリーブ油生産量は1930−31年南極海捕鯨シーズンでの鯨油生産量に
匹敵する。
(ちょっと時間をあけて、つづく)
これは メッセージ 46988 (aplzsia さん)への返信です.
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