賄賂・強要・脅迫よりも、もっと悪いもの
投稿者: ts657738 投稿日時: 2004/09/20 01:45 投稿番号: [4524 / 62227]
http://www.infosnow.ne.jp/~whale/part3.htm
「正義の価値は」より抜粋(原文はもっと詳細)
1977年、国連の海洋法会議でケニアの提唱した「排他的経済水域」は、領海とは異なり、水域内の天然資源に限る支配権を設定するということであった。この提案は沿岸国の漁獲能力を超える許容漁獲量の余剰分は、他国にも権利を与えるという趣旨であった。
アメリカはケニア提案の審議中に、いち早く「漁業保存管理法」という国内法によって200海里水域を決定し、さらに「パックウッド・マグナソン修正法」(以下、PM法)、「ペリー修正法」、「ブロー法」を次々に成立させた。ブロー法はアメリカ200海里水域内で段階的に外国漁船を締め出し、入漁料を引き上げて取締を強化するとともに、漁獲割り当てを水産貿易に連動させるもので、ケニア提案の経済水域案とは大きく異なっている。
アメリカ政府の主張するPM法の根拠は、「アメリカ国民の感情としての反捕鯨の権利」を守ることである。
もはや、なりふり構わずの様相であるが、自国民の権利を保護する目的のはずの国内法で他国を裁こうという理屈は、アメリカ合衆国憲法の規定で「国際法より国内法が優先する」という(勝手な主張だが)ものがあるので、構わないらしい。
8月中旬、ワシントンで行われていた日米捕鯨会議(IWCではなく、米国との会議で決着が付くというところが問題の本質を表しているように思うのだが)に、おいて米国は「日本がIWCに異議申し立てをして、このまま捕鯨を続けるのなら、アメリカは制裁措置として対日漁獲割り当てを、一年後に半減、二年後にゼロとする」という、強硬な態度に出た。この当時、日本の外国での水産物漁獲高は約200万トン。このうち110万トン、1300億円がアメリカ200海里内での水揚げである。捕鯨による生産高は沿岸と南氷洋を併せて年間137億円あったが、日本の遠洋漁業が壊滅的打撃を受ける米国200海里内全面漁獲禁止をカードに出されては、いよいよもって追いつめられた感が強かった。
この年の沿岸マッコウクジラ捕鯨は、IWCの決定した捕獲枠はモラトリアム発動期限の前にしてすでに「ゼロ」であった。これに対し日本は異議申し立て(沿岸マッコウクジラ捕獲枠について)をすでにしているので、例年通り10月1日からの出漁が可能であった。しかし、これを見越してアメリカ政府は、9月半ば過ぎから「沿岸のマッコウ捕鯨船が操業すれば、アメリカ200海里内で制裁措置をとる」と警告していた。
日米協議10日めの夜、日本沿岸のマッコウクジラ捕鯨を1988年から取りやめ、その間アメリカは対日制裁をしないことに合意。IWCでは1986年からの沿岸捕鯨禁止を決議(1982年のモラトリアム決議)していたことから、日米合意はこれを2年間延長することになった。この交渉で日本はマッコウクジラの捕獲枠に対するIWCへの異議申し立てを取り下げることとし、その手続きをとった。
しかし、協議終了後にアメリカ政府の発表した合意事項の中に、南極海捕鯨規則も入っていたのである。
アメリカ側は日米の合意により1988年以降、日本が商業捕鯨から撤退すると発表した。
もちろん、日本側は今回の合意はマッコウクジラ捕鯨が1988年以降撤退することのみであると主張したが、アメリカのボルドリッジ商務長官は「日本が合意に基づく措置を実行しない場合、アメリカは直ちに国内法を適用して制裁措置をとる。日米合意は商業捕鯨全面禁止への積極的な前進である」と声明を発表した。
アメリカ側の主張は、結論としてIWCの決定(モラトリアム決議)の全面禁止開始日を条件付きで2年延長する内容であるので、それ以後日本は捕鯨から足を洗い、クジラを食べる習慣を改めよというものであった。驚いた日本の水産庁は「マッコウクジラ捕鯨以外の撤退については協議していない。アメリカ側の一歩的な表明である」と発表。
しかし、アメリカが主張を覆すとは考えられず、もはや状況は変えようがなかった。
およそ戦後国際社会の場で、これほどまでに理不尽で日本がこけにされたことがあっただろうか。国際政治に於ける謀略説などというものは妄想じみた三文作家の書いたコンビニ本くらいにしか無い話に思われるが、ここに日本政府は完全に罠にはまったのである。
「正義の価値は」より抜粋(原文はもっと詳細)
1977年、国連の海洋法会議でケニアの提唱した「排他的経済水域」は、領海とは異なり、水域内の天然資源に限る支配権を設定するということであった。この提案は沿岸国の漁獲能力を超える許容漁獲量の余剰分は、他国にも権利を与えるという趣旨であった。
アメリカはケニア提案の審議中に、いち早く「漁業保存管理法」という国内法によって200海里水域を決定し、さらに「パックウッド・マグナソン修正法」(以下、PM法)、「ペリー修正法」、「ブロー法」を次々に成立させた。ブロー法はアメリカ200海里水域内で段階的に外国漁船を締め出し、入漁料を引き上げて取締を強化するとともに、漁獲割り当てを水産貿易に連動させるもので、ケニア提案の経済水域案とは大きく異なっている。
アメリカ政府の主張するPM法の根拠は、「アメリカ国民の感情としての反捕鯨の権利」を守ることである。
もはや、なりふり構わずの様相であるが、自国民の権利を保護する目的のはずの国内法で他国を裁こうという理屈は、アメリカ合衆国憲法の規定で「国際法より国内法が優先する」という(勝手な主張だが)ものがあるので、構わないらしい。
8月中旬、ワシントンで行われていた日米捕鯨会議(IWCではなく、米国との会議で決着が付くというところが問題の本質を表しているように思うのだが)に、おいて米国は「日本がIWCに異議申し立てをして、このまま捕鯨を続けるのなら、アメリカは制裁措置として対日漁獲割り当てを、一年後に半減、二年後にゼロとする」という、強硬な態度に出た。この当時、日本の外国での水産物漁獲高は約200万トン。このうち110万トン、1300億円がアメリカ200海里内での水揚げである。捕鯨による生産高は沿岸と南氷洋を併せて年間137億円あったが、日本の遠洋漁業が壊滅的打撃を受ける米国200海里内全面漁獲禁止をカードに出されては、いよいよもって追いつめられた感が強かった。
この年の沿岸マッコウクジラ捕鯨は、IWCの決定した捕獲枠はモラトリアム発動期限の前にしてすでに「ゼロ」であった。これに対し日本は異議申し立て(沿岸マッコウクジラ捕獲枠について)をすでにしているので、例年通り10月1日からの出漁が可能であった。しかし、これを見越してアメリカ政府は、9月半ば過ぎから「沿岸のマッコウ捕鯨船が操業すれば、アメリカ200海里内で制裁措置をとる」と警告していた。
日米協議10日めの夜、日本沿岸のマッコウクジラ捕鯨を1988年から取りやめ、その間アメリカは対日制裁をしないことに合意。IWCでは1986年からの沿岸捕鯨禁止を決議(1982年のモラトリアム決議)していたことから、日米合意はこれを2年間延長することになった。この交渉で日本はマッコウクジラの捕獲枠に対するIWCへの異議申し立てを取り下げることとし、その手続きをとった。
しかし、協議終了後にアメリカ政府の発表した合意事項の中に、南極海捕鯨規則も入っていたのである。
アメリカ側は日米の合意により1988年以降、日本が商業捕鯨から撤退すると発表した。
もちろん、日本側は今回の合意はマッコウクジラ捕鯨が1988年以降撤退することのみであると主張したが、アメリカのボルドリッジ商務長官は「日本が合意に基づく措置を実行しない場合、アメリカは直ちに国内法を適用して制裁措置をとる。日米合意は商業捕鯨全面禁止への積極的な前進である」と声明を発表した。
アメリカ側の主張は、結論としてIWCの決定(モラトリアム決議)の全面禁止開始日を条件付きで2年延長する内容であるので、それ以後日本は捕鯨から足を洗い、クジラを食べる習慣を改めよというものであった。驚いた日本の水産庁は「マッコウクジラ捕鯨以外の撤退については協議していない。アメリカ側の一歩的な表明である」と発表。
しかし、アメリカが主張を覆すとは考えられず、もはや状況は変えようがなかった。
およそ戦後国際社会の場で、これほどまでに理不尽で日本がこけにされたことがあっただろうか。国際政治に於ける謀略説などというものは妄想じみた三文作家の書いたコンビニ本くらいにしか無い話に思われるが、ここに日本政府は完全に罠にはまったのである。
これは メッセージ 4519 (ts657738 さん)への返信です.
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