自然の利用を考える4
投稿者: ts657738 投稿日時: 2004/08/18 23:23 投稿番号: [3421 / 62227]
3.人間には自然の持続的利用が必要だとする立場。
自然を放置しておいては現在の種の多様性が確保できないかもしれない。だから、遅くならないうちに、人間が関与して何とか保護しようという発想は正しい。
では、人間が何とかしようとするのは、減ったもの、減りつつあるものだけであって他のものは自然任せに放置すればいいのか。手を出すべきではないのか。
人間は呼吸して、水飲んで、メシを食う。寒ければ服を着るし、雨露をしのぐ住居だって必要だ。
どうしても人間は自然を利用せざるを得ない。
人間が生活するために自然を利用するならば、それは乱開発して一時使ってそれでオシマイという訳にはいかない。過去から現在に至るまで人間が地球にオンブしていたように、将来の人間も地球にオンブしていかなければ生活できない。
だから、天然資源の持続的利用が必要になってくる。
しかし、乱開発ばかりで人間は都合よく自然を管理などできるのか、人間は自然破壊ばかりしてきたではないのか。
少なくても今までのところまで、人間が地球に住めなくなったということは無いという状況です。むしろ、人類は生物として成功を収めて増える一方という状況です。生物としての人類は非常に成功している種だということ。
持続的に資源を利用するという概念は既に世界的には定着しています。1970年代なら”成長の限界”限りある資源という考え方が流行りました、現在ではこれが天然資源の持続的利用と経済発展は対立する概念ではないという考え方が主流になりました。
人権というものが全ての人間に付与されて、それが尊重されるなら限界だから後から来る人間は諦めろというわけにはいきません。
人間全てに平等に人権が認められて、等しく豊かな生活を望む権利があるなら、地球資源そのものを有効に使わざるを得ない。
天然の生物資源は自然に増加する。これは管理次第では増やす傍らで、人間がそれを利用することができるということを意味します。
野生の生物は適切な環境さえあれば増えるという特質があります。この性質を利用して人間が資源利用する場合には一定の元本を確保して利用する必要があります。元本全てを取りくずしては、持続的な利用にはならない。
合理的な手法に基づいて資源観察をおこない増加率を確認する。確認された増加を上回らない範囲で利用すれば、増やしながら利用できます。これには利用しながらでも資源監視が必要ですし、資源の状況次第では捕獲量を調整し続ける必要があります。資源利用=資源管理=資源保護であるという概念です。
生物を殺すという事が資源保護だということが理解しがたいことかもしれません。
保護すべきは個別のAという個体ではなく、北西太平洋のO群系のミンククジラ資源であるということです。この群れのミンククジラの一定量を確実に元本として保全するという考え方です。2万5千頭生息して4%増加するなら年間1千頭増える。ここからかつては平均年間300頭ほど捕獲していた。これが現実です。ミンククジラは乱獲された事が無い種です。鯨類の全てが必ずしも乱獲で絶滅に瀕したわけではありません。
IWCでは日本では5千年前からイルカ漁がおこなわれ、2千年前から大型鯨類の捕鯨が開始されていると認めています。巷間イメージされる古式捕鯨なら400年前のことです。これだけ継続してきた捕鯨という行為は、決して持続不可能な行為ではないという事です。
自然を放置しておいては現在の種の多様性が確保できないかもしれない。だから、遅くならないうちに、人間が関与して何とか保護しようという発想は正しい。
では、人間が何とかしようとするのは、減ったもの、減りつつあるものだけであって他のものは自然任せに放置すればいいのか。手を出すべきではないのか。
人間は呼吸して、水飲んで、メシを食う。寒ければ服を着るし、雨露をしのぐ住居だって必要だ。
どうしても人間は自然を利用せざるを得ない。
人間が生活するために自然を利用するならば、それは乱開発して一時使ってそれでオシマイという訳にはいかない。過去から現在に至るまで人間が地球にオンブしていたように、将来の人間も地球にオンブしていかなければ生活できない。
だから、天然資源の持続的利用が必要になってくる。
しかし、乱開発ばかりで人間は都合よく自然を管理などできるのか、人間は自然破壊ばかりしてきたではないのか。
少なくても今までのところまで、人間が地球に住めなくなったということは無いという状況です。むしろ、人類は生物として成功を収めて増える一方という状況です。生物としての人類は非常に成功している種だということ。
持続的に資源を利用するという概念は既に世界的には定着しています。1970年代なら”成長の限界”限りある資源という考え方が流行りました、現在ではこれが天然資源の持続的利用と経済発展は対立する概念ではないという考え方が主流になりました。
人権というものが全ての人間に付与されて、それが尊重されるなら限界だから後から来る人間は諦めろというわけにはいきません。
人間全てに平等に人権が認められて、等しく豊かな生活を望む権利があるなら、地球資源そのものを有効に使わざるを得ない。
天然の生物資源は自然に増加する。これは管理次第では増やす傍らで、人間がそれを利用することができるということを意味します。
野生の生物は適切な環境さえあれば増えるという特質があります。この性質を利用して人間が資源利用する場合には一定の元本を確保して利用する必要があります。元本全てを取りくずしては、持続的な利用にはならない。
合理的な手法に基づいて資源観察をおこない増加率を確認する。確認された増加を上回らない範囲で利用すれば、増やしながら利用できます。これには利用しながらでも資源監視が必要ですし、資源の状況次第では捕獲量を調整し続ける必要があります。資源利用=資源管理=資源保護であるという概念です。
生物を殺すという事が資源保護だということが理解しがたいことかもしれません。
保護すべきは個別のAという個体ではなく、北西太平洋のO群系のミンククジラ資源であるということです。この群れのミンククジラの一定量を確実に元本として保全するという考え方です。2万5千頭生息して4%増加するなら年間1千頭増える。ここからかつては平均年間300頭ほど捕獲していた。これが現実です。ミンククジラは乱獲された事が無い種です。鯨類の全てが必ずしも乱獲で絶滅に瀕したわけではありません。
IWCでは日本では5千年前からイルカ漁がおこなわれ、2千年前から大型鯨類の捕鯨が開始されていると認めています。巷間イメージされる古式捕鯨なら400年前のことです。これだけ継続してきた捕鯨という行為は、決して持続不可能な行為ではないという事です。
これは メッセージ 3420 (ts657738 さん)への返信です.
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