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日本の捕鯨

投稿者: ts657738 投稿日時: 2004/07/29 23:24 投稿番号: [2468 / 62227]
  石器時代には既に捕鯨と呼べるものは存在したようだ。遺跡などから線刻画などが見つかっている。
  遺跡に関連しては「若狭の海とクジラ」敦賀短期大学地域交流センター編(同成社)が面白い。約5千前の縄文時代前期から中期にかけての真脇遺跡からイルカの大量の骨が発見されている事例で、これは座礁して来たものを利用していたのではなく捕獲していたとみなされている。現在でも行われている追い込み漁や、突きん棒漁であればローテクでも可能だっただろう。ひとまず沈まない船と簡単な銛さえあれば大丈夫だから。

  文字による捕鯨の履歴としては”万葉集”に鯨捕りを指す、“勇魚とり”という言葉が登場してくることから既に当時では捕鯨が定着していたことになる。

  商業的な大規模な捕鯨専門組織としての鯨組が登場するのは室町末期の1606年で和歌山の太地からとされるが、彼らは三河湾の刃刺しの技術を導入して操業したから、これ以前の段階で既にそうした技能を持った集団が存在していたことになる。その技能集団は1570年代頃に知多半島で捕鯨を始めたらしい。
  江戸期時代に入ると江戸庶民でも鯨を食べる習慣が広がった。川柳にも度々取り上げられているからすっかり馴染んだのだろう。年末には大掃除の後に鯨汁で締めくくる風習があった。
  こうした古式捕鯨は明治初期には一度衰退してしまう。
  結果的に明治維新をもたらした黒船は捕鯨船への物資の補給目的での開国要求であったが、要するに日本の沖合いで散々乱獲をやって沿岸に寄ってくる鯨が減ってしまって鯨組は衰退の憂き目に会う。

  近代的に捕鯨砲と動力付の捕鯨船が装備されるまで暫くは捕鯨が衰退する時期があった。
  日露戦争で日本海の制海権をロシアから奪取して一息つけた感じだろうか。
  太平洋戦争前には南氷洋に進出して、戦後には捕鯨の全盛期を迎える。

  さて、それでは日本での牛肉や豚肉はどうか。
  7世紀には肉食禁止令が朝廷から出される。馬、牛、犬、猿、鶏がまず駄目になって、年代が下がるに従って厳しくなる。
  これが解禁になるのは明治維新の時期だから、牛というのは随分と新しい食材になる。豚のご先祖たる猪はそれでも山鯨とか牡丹とかと呼ばれてコソリと食われていただろう。
  鯨汁を楽しんでいた江戸庶民は人目につく所で牛を食えば、お縄になって帰ってこられなかっただろう。当初の鋤焼きは鯨が使われ、酢味噌で食ったという。
  400年前に鯨を食えたのは関係者かお金持ち。400年前に牛を食っているのを見つかると命が危ない。
  200年前なら江戸の庶民にも鯨が届いたか。牛はやはり食えない。
  100年前なら東京市民には鯨も牛も食えた。しかし、牛が本当に手軽に食えるようになったのは下手すると1960年代中盤以降ではなかろうかと41歳の私は思う。
  吉野家やマックってのは本当に最近の事のように感じる。
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