Re: やはり高かったクジラ肉
投稿者: corax_lupus 投稿日時: 2008/01/31 13:35 投稿番号: [23569 / 62227]
>自然科学なんか,キリスト教が入ってきて退化してますもんね?近代医学なんかも,イスラムからヨーロッパに入ってきたりしていて,中東近辺は,知識の貯蔵庫みたいな役目もしていたようですね。しかしここはインドや中国というような私たちが考えるアジアの文化圏とも少し違う感じもしますね。
そうですね.ルネッサンスが「失われた地中海の栄光への回帰」であったわけですが,それ以前は「暗黒時代」扱いなわけですから.それはともかく,ギリシャにおいて原形ができた「自然科学」がルネッサンス以後(ヨーロッパ的な徹底ぶりで)パワフルに発展して来た・・というのが現代文明とも言えるんじゃないかと.
>なんだか,得体の知れない恐ろしさを感じてしまうんですよね。
>・・・まあ,私たちの中にもあるかも知れない恐怖でもあるんですが・・。
人間狩りですが,「銀河鉄道999」に機械化人たちが生身の人間を狩猟して剥製を飾るシーンが出て来ます.ああいう感覚なんでしょうかね.まあ,異教徒を人間扱いして良いかどうかお伺いを立てたなんて話もありますから・・
しかし,想像の域を出ませんが,誰しも「正当化された殺しの快楽」にハマる恐れはあるんじゃないかと思います.人間狩りについては「殺人に限り無く近いが人じゃない」という言い訳の上で行われていたのかもしれません.・・まあ,日本においても辻斬りなんてのもありますけどね.
(実際は切り捨てご免などという事はなく,町民を斬ったら切腹モノだったらしいが)
>その反対する動機がどこからきているのか?ということを論理的にはっきり説明している人がいないですよね?
そうですね.
理論的な基盤を言えば「個体群の維持ができるか?維持管理ができるレベルのデータが集まっているか?」が焦点になるはずです.反論するなら自分がデータを出して来て生態学的な議論をすべきであって,「あいつらは御用学者」というような粗雑な印象操作をしてる場合じゃない.というか,グリーンピースなりオーストラリアなりが南極まで船を出すなら,ついでにクジラをカウントして欲しい.合同でやってくれても構わない.フェイズアウトルールをやめてくれれば,十分な調査結果が得られるまで捕鯨をペンディングという手だってある.
ただ,反対する理由が理論に基づくものでなくても良いとは思いますよ.クジラが好き,だから殺してほしくない.それは立派な理由だと思います.・・ただ,科学の御墨付きは得られない.でも反対する理由としては科学による御墨付きなんていらないんです(それが万人に対する説得力を持つかどうかは別ですが).
そこんところで焦ってるから必死に「あいつらだって科学じゃない」と言い続けているのではないかという気もします.
>ただ,腹一杯食べたい・・というのがあの頃の働く活力になっていたのかも知れないと思うと,その願いがやっと実現された時には,そのモチベーション自体が否定されるという,なんだか人間の(日本人の)生存意義に関わる問題になってきますね。
そうなんですね・・これは南北問題にも関わる問題だと思います.例えば途上国の人々が「あいつらのようにうまいものを腹一杯食いたい,カッコいい車を乗り回したい,スイッチ一つで何でもできるようにしたい」と思うのも当然と言えば当然です.なぜなら,現在先進国と言われている国々が追い求めて来た世界がそれなのだから.
経験してみて「この程度か」と気付く,あるいは「これは続けられない」ということに気付く,そういう事だったんでしょう.まさに「足るを知る」と仰るその点であると思いますが,「足りてみて知る」でもあるんでしょうね.
>人口増加ですよね。人類はこの課題を凌げるんですかねえ?もちろんそうしなければならないわけなんですが・・・。
しばらく厳しい時代になるかもしれません.先進国の人間が厳しいのは自業自得とも言えますが,途上国や自然環境にまっ先にしわ寄せが行きそうな気もします.
そうですね.ルネッサンスが「失われた地中海の栄光への回帰」であったわけですが,それ以前は「暗黒時代」扱いなわけですから.それはともかく,ギリシャにおいて原形ができた「自然科学」がルネッサンス以後(ヨーロッパ的な徹底ぶりで)パワフルに発展して来た・・というのが現代文明とも言えるんじゃないかと.
>なんだか,得体の知れない恐ろしさを感じてしまうんですよね。
>・・・まあ,私たちの中にもあるかも知れない恐怖でもあるんですが・・。
人間狩りですが,「銀河鉄道999」に機械化人たちが生身の人間を狩猟して剥製を飾るシーンが出て来ます.ああいう感覚なんでしょうかね.まあ,異教徒を人間扱いして良いかどうかお伺いを立てたなんて話もありますから・・
しかし,想像の域を出ませんが,誰しも「正当化された殺しの快楽」にハマる恐れはあるんじゃないかと思います.人間狩りについては「殺人に限り無く近いが人じゃない」という言い訳の上で行われていたのかもしれません.・・まあ,日本においても辻斬りなんてのもありますけどね.
(実際は切り捨てご免などという事はなく,町民を斬ったら切腹モノだったらしいが)
>その反対する動機がどこからきているのか?ということを論理的にはっきり説明している人がいないですよね?
そうですね.
理論的な基盤を言えば「個体群の維持ができるか?維持管理ができるレベルのデータが集まっているか?」が焦点になるはずです.反論するなら自分がデータを出して来て生態学的な議論をすべきであって,「あいつらは御用学者」というような粗雑な印象操作をしてる場合じゃない.というか,グリーンピースなりオーストラリアなりが南極まで船を出すなら,ついでにクジラをカウントして欲しい.合同でやってくれても構わない.フェイズアウトルールをやめてくれれば,十分な調査結果が得られるまで捕鯨をペンディングという手だってある.
ただ,反対する理由が理論に基づくものでなくても良いとは思いますよ.クジラが好き,だから殺してほしくない.それは立派な理由だと思います.・・ただ,科学の御墨付きは得られない.でも反対する理由としては科学による御墨付きなんていらないんです(それが万人に対する説得力を持つかどうかは別ですが).
そこんところで焦ってるから必死に「あいつらだって科学じゃない」と言い続けているのではないかという気もします.
>ただ,腹一杯食べたい・・というのがあの頃の働く活力になっていたのかも知れないと思うと,その願いがやっと実現された時には,そのモチベーション自体が否定されるという,なんだか人間の(日本人の)生存意義に関わる問題になってきますね。
そうなんですね・・これは南北問題にも関わる問題だと思います.例えば途上国の人々が「あいつらのようにうまいものを腹一杯食いたい,カッコいい車を乗り回したい,スイッチ一つで何でもできるようにしたい」と思うのも当然と言えば当然です.なぜなら,現在先進国と言われている国々が追い求めて来た世界がそれなのだから.
経験してみて「この程度か」と気付く,あるいは「これは続けられない」ということに気付く,そういう事だったんでしょう.まさに「足るを知る」と仰るその点であると思いますが,「足りてみて知る」でもあるんでしょうね.
>人口増加ですよね。人類はこの課題を凌げるんですかねえ?もちろんそうしなければならないわけなんですが・・・。
しばらく厳しい時代になるかもしれません.先進国の人間が厳しいのは自業自得とも言えますが,途上国や自然環境にまっ先にしわ寄せが行きそうな気もします.
これは メッセージ 23562 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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