Re: やはり高かったクジラ肉
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2008/01/30 22:53 投稿番号: [23562 / 62227]
>ただ,やはりギリシャは(我々の基準で)東洋ではないな,という気はします.西欧にとっては東洋に近いのかもしれませんね.
そうですね。
「地中海文明」とした方が良いのかも知れないですね。エジプトやメソポタミアの文明が,地中海交易によって高められてギリシャの地で花咲いた,とした方が面白いですよね。
自然科学なんか,キリスト教が入ってきて退化してますもんね?近代医学なんかも,イスラムからヨーロッパに入ってきたりしていて,中東近辺は,知識の貯蔵庫みたいな役目もしていたようですね。しかしここはインドや中国というような私たちが考えるアジアの文化圏とも少し違う感じもしますね。
その頃,今でいうところの西洋ってまだまだ、獣に近い(?)生活をしていた頃ですよね。
>恐らく,行き過ぎとも感じる保護は歴史の反動でもあるのだと思います.
私が聞いたところでは,レジャーとして人間をハンティングしていたという事ですが,ここがよく理解できないんです。アメリカ大陸の白人が何百万人殺戮しようと,大和人がどのくらいのアイヌの人たちを殺戮していようと,それは,侵略という名の下の利害の奪い合いの中での「殺人」だとして,大概のことは理解できるんですが,猿だとでも思っていたんでしょうかねえ?しかしそれでも,たとえば中国では猿を殺しましたが,その多くは食べる為ですよねえ?
なんだか,得体の知れない恐ろしさを感じてしまうんですよね。
・・・まあ,私たちの中にもあるかも知れない恐怖でもあるんですが・・。
>私が納得できないのは「捕鯨に関するものは(話をねじ曲げてまで)全て揶揄すれば事足りる」という論理性の無さですから.
その反対する動機がどこからきているのか?ということを論理的にはっきり説明している人がいないですよね?
>「肉食を減らしてもいいんじゃないか」という意見は当然,出て来ますよね.肉が贅沢である,という世界になって行くのかもしれない.
そうですね。
私の小さい時には,カレーの中に一切れの肉でも入っていれば喜んだものでした。(・・・どこのうちでもです・・汗)ただ,腹一杯食べたい・・というのがあの頃の働く活力になっていたのかも知れないと思うと,その願いがやっと実現された時には,そのモチベーション自体が否定されるという,なんだか人間の(日本人の)生存意義に関わる問題になってきますね。
おそらくは,この「足るを知る」線引き具合が難しいですね。前に「プロ倫」というウェーバーの本を読んだ時に,難しいことはほとんど分かりませんでしたが,プロテスタントの人たちのあの抑制された生活形態を良しとする人たちでさえ,結局は,(おそらくはウェーバーが考えたこととは違った意味で)潜在的な「富の実現」をめざしたのではないだろうか?と、人間の物欲とかに対する抗し難い,どうしようもない「弱さ」みたいなものを感じたことがありました。・・・もちろん私の愚かさ故に,本に書いてあることと違う風に理解しているとは思いますが。(禁欲的なプロテスタントが貯蓄を肯定する過程が,あまりにも都合良すぎる論立てだと勝手に感じてしまった。)
>,減らした肉を何でまかなうか?という問題は,本来は捕鯨問題とは別のはずです.
人口増加ですよね。人類はこの課題を凌げるんですかねえ?もちろんそうしなければならないわけなんですが・・・。
そうですね。
「地中海文明」とした方が良いのかも知れないですね。エジプトやメソポタミアの文明が,地中海交易によって高められてギリシャの地で花咲いた,とした方が面白いですよね。
自然科学なんか,キリスト教が入ってきて退化してますもんね?近代医学なんかも,イスラムからヨーロッパに入ってきたりしていて,中東近辺は,知識の貯蔵庫みたいな役目もしていたようですね。しかしここはインドや中国というような私たちが考えるアジアの文化圏とも少し違う感じもしますね。
その頃,今でいうところの西洋ってまだまだ、獣に近い(?)生活をしていた頃ですよね。
>恐らく,行き過ぎとも感じる保護は歴史の反動でもあるのだと思います.
私が聞いたところでは,レジャーとして人間をハンティングしていたという事ですが,ここがよく理解できないんです。アメリカ大陸の白人が何百万人殺戮しようと,大和人がどのくらいのアイヌの人たちを殺戮していようと,それは,侵略という名の下の利害の奪い合いの中での「殺人」だとして,大概のことは理解できるんですが,猿だとでも思っていたんでしょうかねえ?しかしそれでも,たとえば中国では猿を殺しましたが,その多くは食べる為ですよねえ?
なんだか,得体の知れない恐ろしさを感じてしまうんですよね。
・・・まあ,私たちの中にもあるかも知れない恐怖でもあるんですが・・。
>私が納得できないのは「捕鯨に関するものは(話をねじ曲げてまで)全て揶揄すれば事足りる」という論理性の無さですから.
その反対する動機がどこからきているのか?ということを論理的にはっきり説明している人がいないですよね?
>「肉食を減らしてもいいんじゃないか」という意見は当然,出て来ますよね.肉が贅沢である,という世界になって行くのかもしれない.
そうですね。
私の小さい時には,カレーの中に一切れの肉でも入っていれば喜んだものでした。(・・・どこのうちでもです・・汗)ただ,腹一杯食べたい・・というのがあの頃の働く活力になっていたのかも知れないと思うと,その願いがやっと実現された時には,そのモチベーション自体が否定されるという,なんだか人間の(日本人の)生存意義に関わる問題になってきますね。
おそらくは,この「足るを知る」線引き具合が難しいですね。前に「プロ倫」というウェーバーの本を読んだ時に,難しいことはほとんど分かりませんでしたが,プロテスタントの人たちのあの抑制された生活形態を良しとする人たちでさえ,結局は,(おそらくはウェーバーが考えたこととは違った意味で)潜在的な「富の実現」をめざしたのではないだろうか?と、人間の物欲とかに対する抗し難い,どうしようもない「弱さ」みたいなものを感じたことがありました。・・・もちろん私の愚かさ故に,本に書いてあることと違う風に理解しているとは思いますが。(禁欲的なプロテスタントが貯蓄を肯定する過程が,あまりにも都合良すぎる論立てだと勝手に感じてしまった。)
>,減らした肉を何でまかなうか?という問題は,本来は捕鯨問題とは別のはずです.
人口増加ですよね。人類はこの課題を凌げるんですかねえ?もちろんそうしなければならないわけなんですが・・・。
これは メッセージ 23547 (corax_lupus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834578/a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4c0a1aa_1/23562.html