捕鯨は日本の恥
Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー
Re: ハイ 嘘ばっか↓
投稿者: s378zztt7 投稿日時: 2010/08/04 00:06 投稿番号: [10798 / 15828]
>江戸時代は厳しい身分制社会で農民が自分で作った
そんなことを言い出すのなら、日本の伝統食は「粟(あわ)稗・(ひえ)・人糞肥料の野菜・タニシ・小魚」だけになるんだけどねえ。
いや、世界は基本的に貧しい食事だけが伝統食ということになってしまう。大衆が豊かな食事が出来るようになったのは最も早いイギリスですら100年前。
逆に言えば、世界のいたる場所で伝統食と言われるものは「その国の特定の地域」で受け継がれてきたものを【自国の誇るべき伝統食】といっているのだよ。
だから「鯨」も世界基準に従って「日本の伝統食」でいいのだよ。
ばかだねえ
これは メッセージ 10796 (takarazima222 さん)への返信です.
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何処からどう見ても日本庶民の食文化♪
投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/08/04 00:02 投稿番号: [10797 / 15828]
江戸時代から明治までの日本各地の鯨料理 [編集]
江戸時代より組織的な捕鯨が行われるようになり、それら捕鯨地域周辺の漁村では、鯨肉は常食とされていた。九州でも網取式捕鯨が始まる頃までには急速に鯨肉食が盛んになる。例えば幕末に捕鯨地の長崎を訪れたシーボルトも、しばしば鯨料理が供されたことについての記録を残しており、中には「鯨ひげのサラダ」などの特異な献立も記されている。ツチクジラは、現在の千葉県房総半島太平洋岸のように、該当種の捕鯨が行われてきた地域では古くから食べられ、特有のクセに応じた調理法も工夫されてきた(鯨肉の干物の「鯨のたれ」と呼ばれる加工品など)。
流通の常(つね)で生産地の周辺地域に広く消費される傾向にあるが、大坂など近傍経済圏にもこの頃に生まれた伝統的な鯨肉料理が存在する。
京都では「鯨の吸い物」が食べられているのを井原西鶴が著書の中で紹介している。十返舎一九も東海道中膝栗毛のなかで大坂の淀川で「鯨の煮付け」を紹介している。高知県では土佐藩の高知城下を中心に数々の鯨料理が伝承されており、特に「はりはり鍋」は代表的な物の一つである。
江戸城下では鯨肉を素材に調理した「鯨鍋」や「みそ汁」や「澄まし汁」などが食され、「ホリホリ」「鯨のし」などと称した頭部の軟骨を加工した珍味も売られていた。
行事などと結びついた料理も生まれた。江戸を含め日本各地で12月13日の煤払い(すすはらい)の後は「鯨汁」を食べる習慣が広まり、その様子は沢山の川柳の記述や物売りが鯨肉を扱っていた記録が残されている。秋田でも鍋物としては珍しく夏の暑気払いとして「鯨貝焼(くじらかやき)」という鯨のしょっつる鍋が江戸時代から食されており、夏場になると五艘程度の小舟の船団で鯨漁に出ていた記録が残されている。そして明治開拓以降の北海道の日本海側各地で正月料理として鯨汁が食されるのは、秋田藩を中心とした東北の人々が移り住んだ名残といわれている。北海道のアイヌ民族の鯨食は江戸時代よりも古いとされる。同じく夏の土用の食べ物としていた地域は多く、九州の農村では土用に備えて各戸で一樽ずつもの皮の塩漬けを作る地域もあった。塩蔵すれば魚類よりも長期間の保存・輸送に耐えることを活かして、少量は各地に輸送され、一般の海魚の運ばれない山村等で正月などハレ(晴れの席)の料理に供されていた例もある。
昭和以前の需要供給、流通 [編集]
江戸時代には、江戸の日本橋の魚市では「大には鯨、小には鰯、貴品に鯛、鰈等があるなかにも堅魚は近海の名産にして、四月八日の初市には、衣を典し衿を売るも必ずこれを食ふの旧習民間に行はる」という言葉が残されており、江戸城下で鯨肉が広く一般に流通していたことがうかがえる。別の文献によると、土佐の捕鯨地からは、近傍の土佐中心部のほか一大消費地である大阪圏へも多量の鯨肉が供給されており、初物をいち早く出荷するべく業者が競っていたと言う。冬が本場の鯨漁から「鯨九十九日」という言葉が古くから残されており鯨肉の日持ちの良さを表した言葉である。実際に紀州熊野灘で捕れた鯨が江戸まで流通していた記録が残っている。オランダで1832年(天保3年)に刊行されたシーボルト著の「江戸参府紀行」によれば鯨は水揚げされたあと、鯨肉など食用にされる部分は各々の魚商が買い上げ新鮮なうちに、日本中の港に運ばれたと記述している。
前掲の「料理食道記」(1669年)には、鯨肉産地として伊勢や紀伊、肥前のほか、松前焼鯨(北海道のアイヌによる製品)、出雲かぶら骨(頭部の軟骨)などが挙げられている。
他に、現在の岩手県、静岡県、和歌山県や四国、東北、北陸地方の一部、沖縄県の北部などイルカ漁が伝統的に行われている地方では、古くからイルカ肉も流通している。
大型のクジラの鯨肉に比べると地域性の強い食文化であり、特にそれらの地域では重要な地位にあったといえる。山梨県では古くから隣接する静岡県からイルカ肉が流通している。(沖縄において鯨類は「ピトゥ」という表現でイルカと区別がなかったのでイルカだけに限定されていたかは定かではない)
外食産業
東京都内の江戸時代から続くどじょう鍋料理店では、160年間以上にわたり「鯨汁」を提供し続けている店もある。江戸時代の江戸城下では、どじょう鍋屋(柳川鍋ともいう)で鯨汁が出されるのが一般的で、一説では一番小さな魚料理のどじょう鍋に対しての洒落から一番大きな魚の鯨汁を提供したといわれ、だいたいどの店でもどじょう汁と鯨汁は同じ値段で十六文で売られていた。明治末期にはどじょう汁が一銭五厘、鯨汁は二銭五厘であった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E8%82%89
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ハイ 嘘ばっか↓
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 23:55 投稿番号: [10796 / 15828]
江戸時代は厳しい身分制社会で農民が自分で作った米を特別な時以外は口に出来ないのが当たり前
テレビの時代劇を見ると江戸の町人=一般人というイメージを植え付けられていて
その当時のグルメ食を堪能したりそれなりの文化水準を維持していると信じているようだが
鯨肉=゙珍味゙贅沢食材で一般の大多数の人間は食べる事の出来ない状態が実態
鯨食、イルカ食は日本の文化でなく
日本のごく一部の地域性のある食材でしかない
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
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クサレジマ轟沈^^
投稿者: si_yo_soy_japones 投稿日時: 2010/08/03 23:49 投稿番号: [10795 / 15828]
消えたなw
これは メッセージ 10786 (takarazima222 さん)への返信です.
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南極捕鯨「してもいい理由」は揃ってます♪
投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/08/03 23:47 投稿番号: [10794 / 15828]
先の投稿で説明した様に、「今後のシーフード利用増大時にクジラさんのお肉を除外する理由」はナニ一つ存在しませんし、「してもいい理由」は揃ってます↓。なので、反捕鯨ちゃん達が出さなきゃならないのは「してはいけない理由」でしゅよ?w
事実
商
業
捕
鯨
出
来
る
条件が揃っている以上、それを差し止めたいのならば反対派の方から「捕鯨してはいけない」という「必然性の説明」が必要なのよ?反捕鯨ちゃん達♪
単なる野生生物資源利用のハナシなんで「捕鯨してはいけない理由」が存在しない以上、捕鯨を差し止める事は
不
可
能
である、という事を理解しましょう♪
「
南
極
を
含
め
、
世
界
中
の
公
海
の
何
処
で
で
も
」⇒
「
捕
鯨
し
て
い
い
理
由
」
は揃ってますし、逆に「南極含めた公海で商業捕鯨、或いはその準備の為の調査捕鯨をしてはいけない理由」は地球上には一つも存在しません♪
さて、その他大勢の反捕鯨ちゃん達と同じく↓には絶対言い返せないキミが捕鯨に反対する理由は何でしゅか?w
一先ずワタクシがもう一度整理して差し上げましょう。
「『単純多数決』によって差し止められてるだけ」の「商業捕鯨モラトリアム」を除けば商業捕鯨を禁ずる法的或いはその他の根拠は一切存在しない、という御説明♪↓
①今現在「反捕鯨派の学者J・クック」によって提案され、反捕鯨国を含めたIWC加盟国で合意された「哺乳類である髭鯨の再生産能力に合わせた資源管理方式」RMPが存在する事実。
②今現在「公海」である南極海で複数国家(これ等の国家には北半球のUSAや韓国を含みます)によってマゼランアイナメやオキアミ等の生物資源が商業捕獲されている、という事実。
③そして過去、マゼランアイナメ漁やオキアミ漁に対して「わざわざ南極までやってきてそれ等を捕獲するならば、その正当性を説明せよ」「捕る意味を説明せよ」などというアホな議論が一度も持ち上がってない事実。
④今現在商業捕獲対象のクロミンク鯨が推定生息数数十万頭単位で居る、という事実。
上の①〜④の条件が揃っている以上、南極で商業捕鯨を行う、或いはその再開を目指すのに「やれるし、やっていい」という合理的な説明は付いてしまってる訳です。
ですからこの時に、「南極での捕鯨を止めろ!!」という意見と「南極で捕鯨させろ」という意見が衝突している場合、「止めろ!!」と言ってる側が「やってはいけない」合理的な理由を説明をしなければならない訳です。
しかし、その様な説明がなされた事は過去一度もアリマセン。
無理に説明を求めると、RMPの存在があるのにも拘らず、未だに「哺乳類だから、魚と違うから」と繰り返す馬鹿も居ます。
つまりクロミンク捕鯨に反対してる人達には「鯨の特別視」或いは「神聖視」以外の理由が存在しない、という事実が明らかになってしまっている、という訳です。
つまり「可哀相反捕鯨」という事ですね。
当然ながら一方の「可哀相だから止めろ!!」という意見は彼等とは別の感覚・感情・動物観を持つ人間の意思や行動を制限する合理的な理由には成り得ません。
言ってしまえば「私はその宗教の信者じゃありませんから」で撥ね付けられる類の物です。
そこで窮した彼等が言う事は、
「南極で捕鯨を行う正当性を示せ!!」
という「ちゃぶ台返し」です。
繰り返しますが①〜④の事実が有るだけで南極商業捕鯨を行う、或いはその再開を目指す「正当性」は完全に揃ってしまっている訳です。
ですのでココで彼等の「ちゃぶ台返し」に付き合って無理やりそれ以外の「正当性」を捻り出す様な、そんな不毛な議論に付き合ってはイケマセン。
繰り返し、繰り返し、①〜④を言い聞かせて、それでも尚「捕鯨してはいけない!!」と言うのならば、その合理的な「してはいけない」理由を示しなさい、と要求すればいいだけです。
その様な合理的説明が不可能なのは判り切っていますから、彼等が無理栗な屁理屈を捻り出す度に一つづつ潰していってあげれば良いのです。
私は何度も経験していますが、そうすれば最後はヒステリーを起こして「税金の無駄」やら「鯨は不味い」「高価い」或いは「消費量が少ない(だからナニ?w)などといった捕鯨「しなくてもいい理由」だけを吐き出して議論から逃げてしまいます。
これは メッセージ 10793 (toripan1111 さん)への返信です.
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人類はどちらに変らなければならないのか?
投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/08/03 23:42 投稿番号: [10793 / 15828]
これは メッセージ 10791 (toripan1111 さん)への返信です.
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「日本中で」・「沢山の人々が」でしゅ♪↓
投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/08/03 23:27 投稿番号: [10792 / 15828]
江戸時代から明治までの日本各地の鯨料理 [編集]
江戸時代より組織的な捕鯨が行われるようになり、それら捕鯨地域周辺の漁村では、鯨肉は常食とされていた。九州でも網取式捕鯨が始まる頃までには急速に鯨肉食が盛んになる。例えば幕末に捕鯨地の長崎を訪れたシーボルトも、しばしば鯨料理が供されたことについての記録を残しており、中には「鯨ひげのサラダ」などの特異な献立も記されている。ツチクジラは、現在の千葉県房総半島太平洋岸のように、該当種の捕鯨が行われてきた地域では古くから食べられ、特有のクセに応じた調理法も工夫されてきた(鯨肉の干物の「鯨のたれ」と呼ばれる加工品など)。
流通の常(つね)で生産地の周辺地域に広く消費される傾向にあるが、大坂など近傍経済圏にもこの頃に生まれた伝統的な鯨肉料理が存在する。
京都では「鯨の吸い物」が食べられているのを井原西鶴が著書の中で紹介している。十返舎一九も東海道中膝栗毛のなかで大坂の淀川で「鯨の煮付け」を紹介している。高知県では土佐藩の高知城下を中心に数々の鯨料理が伝承されており、特に「はりはり鍋」は代表的な物の一つである。
江戸城下では鯨肉を素材に調理した「鯨鍋」や「みそ汁」や「澄まし汁」などが食され、「ホリホリ」「鯨のし」などと称した頭部の軟骨を加工した珍味も売られていた。
行事などと結びついた料理も生まれた。江戸を含め日本各地で12月13日の煤払い(すすはらい)の後は「鯨汁」を食べる習慣が広まり、その様子は沢山の川柳の記述や物売りが鯨肉を扱っていた記録が残されている。秋田でも鍋物としては珍しく夏の暑気払いとして「鯨貝焼(くじらかやき)」という鯨のしょっつる鍋が江戸時代から食されており、夏場になると五艘程度の小舟の船団で鯨漁に出ていた記録が残されている。そして明治開拓以降の北海道の日本海側各地で正月料理として鯨汁が食されるのは、秋田藩を中心とした東北の人々が移り住んだ名残といわれている。北海道のアイヌ民族の鯨食は江戸時代よりも古いとされる。同じく夏の土用の食べ物としていた地域は多く、九州の農村では土用に備えて各戸で一樽ずつもの皮の塩漬けを作る地域もあった。塩蔵すれば魚類よりも長期間の保存・輸送に耐えることを活かして、少量は各地に輸送され、一般の海魚の運ばれない山村等で正月などハレ(晴れの席)の料理に供されていた例もある。
昭和以前の需要供給、流通 [編集]
江戸時代には、江戸の日本橋の魚市では「大には鯨、小には鰯、貴品に鯛、鰈等があるなかにも堅魚は近海の名産にして、四月八日の初市には、衣を典し衿を売るも必ずこれを食ふの旧習民間に行はる」という言葉が残されており、江戸城下で鯨肉が広く一般に流通していたことがうかがえる。別の文献によると、土佐の捕鯨地からは、近傍の土佐中心部のほか一大消費地である大阪圏へも多量の鯨肉が供給されており、初物をいち早く出荷するべく業者が競っていたと言う。冬が本場の鯨漁から「鯨九十九日」という言葉が古くから残されており鯨肉の日持ちの良さを表した言葉である。実際に紀州熊野灘で捕れた鯨が江戸まで流通していた記録が残っている。オランダで1832年(天保3年)に刊行されたシーボルト著の「江戸参府紀行」によれば鯨は水揚げされたあと、鯨肉など食用にされる部分は各々の魚商が買い上げ新鮮なうちに、日本中の港に運ばれたと記述している。
前掲の「料理食道記」(1669年)には、鯨肉産地として伊勢や紀伊、肥前のほか、松前焼鯨(北海道のアイヌによる製品)、出雲かぶら骨(頭部の軟骨)などが挙げられている。
他に、現在の岩手県、静岡県、和歌山県や四国、東北、北陸地方の一部、沖縄県の北部などイルカ漁が伝統的に行われている地方では、古くからイルカ肉も流通している。
大型のクジラの鯨肉に比べると地域性の強い食文化であり、特にそれらの地域では重要な地位にあったといえる。山梨県では古くから隣接する静岡県からイルカ肉が流通している。(沖縄において鯨類は「ピトゥ」という表現でイルカと区別がなかったのでイルカだけに限定されていたかは定かではない)
外食産業
東京都内の江戸時代から続くどじょう鍋料理店では、160年間以上にわたり「鯨汁」を提供し続けている店もある。江戸時代の江戸城下では、どじょう鍋屋(柳川鍋ともいう)で鯨汁が出されるのが一般的で、一説では一番小さな魚料理のどじょう鍋に対しての洒落から一番大きな魚の鯨汁を提供したといわれ、だいたいどの店でもどじょう汁と鯨汁は同じ値段で十六文で売られていた。明治末期にはどじょう汁が一銭五厘、鯨汁は二銭五厘であった。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E8%82%89
これは メッセージ 10787 (takarazima222 さん)への返信です.
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商業捕鯨再開は最早規定路線でしゅ♪
投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/08/03 23:25 投稿番号: [10791 / 15828]
夏休みなので中高生の方々の目に触れさせるのが効果的♪
『
食
糧
生
産
に
対
す
る
意
識
、
変
え
ま
し
ょ
う
ね
♪
』
↓の現状で、更に今後益々厳しくなる陸上での食糧生産の行く末を鑑みれば、
捕
鯨
を
手
放
す
理
由
が
ア
リ
マ
セ
ン
♪
ので、宗旨替えなら今のうち♪
南
極
の
海
洋
生
物
資
源
バ
イ
オ
マ
ス
は
膨
大
で
、特に効率的な漁業法が開発されていない為未だ未利用な頭足類資源はそれだけで
全
人
類
に
動
物
性
蛋
白
を
供
給
して尚余りある程の量が存在します。↓
http://www.d1.dion.ne.jp/~osa_uno/japanese/squid/ecology/05/ecology051.html#Jump02そして勿論その他の生物資源、日本が求めている南極でのクジラ資源持続利用もこの豊富な海産資源の一部です。
よって、
「
今
後
」人類は「
シ
ー
フ
ー
ド
の
利
用
増
大
」
にシフトするべきで、「鯨さん・イルカさんのお肉をそこから除外する理由が無い」という事でしゅよ?中卒愛護ちゃん♪↓
今現在の先進国で畜肉が「充分ある」現状は環境・生態系への多大な犠牲の上に立ってる、という事ぐらいは知っておきましょうね、脳味噌少ないtakarazimaクンw
イルカさん鯨さんのお肉は畜肉に比して環境影響が遥かに少ないので、寧ろ積極的に利用するべき食料資源でしゅ♪↓
今後諸問題、特に
『
真
水
資
源
の
絶
対
的
な
不
足
』によって、狩猟食物生産、特に水産資源の有効利用は人類の食糧生産に於いて益々比重を高めざるを得ない、というのは必然なのですが、その時「生産に真水資源を一切使わない」クジラさんやイルカさんのお肉を利用しない理由って一体ナニが有るんでしょうか?
21世紀以降の食糧生産への意識を変えなければいけないのは一体どちらなんでしょう・・・?w
キミ等ごみ屑愛護ちゃん達にあわせて餓えていい、なんて考える馬鹿は地球上に存在しません♪
畜産に於ける環境破壊、というか人間の生存への最大の脅威となってる要因・「畜産飼料生産の為の真水」/「仮想水」大量消費について↓
http://www.uplink.co.jp/bluegold/production/『(日本の)食料自給率を10%高めるためには、140億トンの水が必要になります。140億トンの水がどのくらいかというと、黒四ダム(黒部ダム)の保有水量が約2億トンと言われていますので、黒四ダムがあと70基必要になります。』
『牛丼一杯作るのに2,000リットル・風呂の水が10杯分必要になります。』
この映画の監督さんはこうも言っています↓。
『社会的には、環境問題は二酸化炭素の排出と地球温暖化に絞られているように見える。でも、地球が温暖になっても人類は生き延びるだろう。地球温暖化は “どうやって”生きるかの問題だが、水危機は“生きられるかどうか”の問題なのだ。』
「水戦争」の時代・21世紀に「水を使わないで得られる鯨肉」利用に反対し、一食分で何㌧もの水を費やす畜肉は今まで通り推奨する?
一体何の冗談でしょうかねェ・・・w
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Re: 調査捕鯨は金になるんですよね・・
投稿者: jobankes 投稿日時: 2010/08/03 23:16 投稿番号: [10790 / 15828]
> >そうでもないですよ、あんなに売れない状態でマイナス5億なら、
もし鯨肉の人気が上がった場合はプラスになっていたでしょう。
>いえ、それは無理です。
いくら日本人が鯨肉を好んでも、皆が手を出せば当然値が上がるし、高ければ庶民
には手が届きません。
君の勘違いでしょう。
調査捕鯨からの鯨肉というのは1シーズン分を日本の倉庫に収めて、それを年間を
通じて少しずつ放出するような形になっている訳です。
もし売れて売れて困る場合には君が言うような価格上昇も起きるかも知れません。
それは売れるから価格が上がるのであり、売れなくなれば又値が下がるだけの話で
はないかと思います。
値段はともかく問題は需要なので、ココでは需要が増えた場合の売り上げ増のこと
だけ考えればいいんじゃないでしょうか?
高くて売れないなら元の値段で売り続ければよいだけですね、需要があるなら当然
ソレで売れるでしょうから。
>それに「あんなに」というほど売れ残っているならそれらの在庫を管理する費用も
当然増えます。
>5億から7億程度しか公金の負担が増えていないというのは辻褄が合いません。
冷凍倉庫利用料その他の費用が当然掛かり、それでソノ程度のマイナスですんでいる
のは、それなりに鯨肉販売で儲けているということになりますよね。
なにしろ10t近くあるミンク400〜800頭から約半分が肉になるのですから、
全部売れたとして50〜70億近くの売り上げにもなると見ていますが、私は実際の
卸価格さえ良くしらないのでアテにはしないでください。
>一度の調査捕鯨にどれくらい資金が必要なのでしょうか?
>たとえば費用が10憶で公金が7億なら3億しか売れていないということになりま
すが・・・。
>40億なら33億もの売上が出てるということでは?
経費のことは資料を見ないと何とも言えません、今それが必要とも思いません
ので勘弁願います。
クジラトピには非常に詳しい人が居て、そういう人ならスグに出してくれるので
しょうが。。
>>日本は南極捕鯨そのものを諦めざるを得ない状況になりつつあったと思いますが
>ここからすでに矛盾してます。
>調査捕鯨は全く問題なく継続できてました。
>でなければ、あれほど長期にわたり調査できません。
ですからソレが何時までも許されないという話ですよ。
日本がやっているのは法の抜け穴を利用した卑怯な商業捕鯨だと思われていたが、
もうソレも排除するべきという雰囲気になっているということです。
>まあ、一部の不法者が妨害行為をしていますが、その気になれば排除は簡単だと思います。
ここではSSは殆ど関係ないと思います。
>>沿岸商業捕鯨再開と引き換えに南極調査捕鯨の段階的縮小と終焉
の話が降って沸き、調査捕鯨の先行きに不安が無いでもない日本も真剣に検討した
ようですが
>いえ、商業捕鯨再開は日本が以前より求め続けてきたものです。
そのために調査捕鯨を道半ばで縮小するという犠牲にすることを覚悟したにすぎません。
君は沿岸と南極の区別を書いてくれないから分りにくいです。
これは メッセージ 10782 (tutututon_tutonton さん)への返信です.
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クサレジマは
投稿者: si_yo_soy_japones 投稿日時: 2010/08/03 23:10 投稿番号: [10789 / 15828]
「精神常者」「総合失調症」「死ねまで」「過労死一本手前」
君が発言したこれらの言葉の意味を説明してくれよwww
話はそれからだ^^
これは メッセージ 10787 (takarazima222 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/ja7dfa4offckdca4ncq_1/10789.html
トピ主フリービーナスに告ぐ!
投稿者: si_yo_soy_japones 投稿日時: 2010/08/03 23:08 投稿番号: [10788 / 15828]
今日は架空の話をさせて頂くw
あくまでも架空の話だから、
以下の投稿文に対する反論は遠慮してくれ給えww
↓↓↓
いい加減に猿芝居は止めにして、まともな論戦を展開せよ!
別ハンをいくら出してきても、全てお前だと言う事はお見通しだ。
例えばクサレジマにしてもオマンキーにしても、
捕鯨推進派の皆さんから短いタイトルを批判されたり
卑猥なHNを批判されても決して発言スタイルを変えはしない。
これは何故か?
答えは極めて簡単だw
各々それぞれに役割分担が明確に決められているからだよw
トピ主のお前が幾多ものHNを自在に操っているからだよw
そのような行為は全てお前の醜い内面を象徴するものだ。
少しは社会の為になる善行を行いたまえ!
自らの不正を悔い改めたまえ!
このままではお前は間違いなく地獄に堕ちる!!!
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/ja7dfa4offckdca4ncq_1/10788.html
トリパンは
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 23:05 投稿番号: [10787 / 15828]
各時代の日本の人口のうち何パーセントが鯨肉を常食していたか出す事
話しはそれからだ
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/ja7dfa4offckdca4ncq_1/10787.html
↓
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 23:00 投稿番号: [10786 / 15828]
消えな
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/ja7dfa4offckdca4ncq_1/10786.html
コモノよ・・・。
投稿者: tutututon_tutonton 投稿日時: 2010/08/03 22:40 投稿番号: [10785 / 15828]
戦後の食糧難という前に戦前でもそんなに牛や豚など食べてはいませんよ。
特に牛は貴重な労働力。馬は軍隊での輸送力。
戦前の畜産は牛や馬がメインで豚や鶏はおまけのようなものです。
農家にとって牛貴重な労働力で田畑を耕すのは彼らの仕事。
そういった労働力として育った牛の肉は硬くておいしくはありません。
(中華料理にほとんど牛肉が使われないのもこのためです。)
更に昔の料理書等をみるとお勧めの鶏肉は・・・。
鶴・鷭・鴈・・・一応今でも食べれるのは鴨くらい。
ニワトリは食べません。時を告げる昔は鶏は愛玩動物。
今でも鶏の鳴き声の長さを競い合ったりする文化が残っている地域もあるようです。
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/ja7dfa4offckdca4ncq_1/10785.html
Re: は?
投稿者: si_yo_soy_japones 投稿日時: 2010/08/03 22:23 投稿番号: [10784 / 15828]
>何書こうがオレの勝手だろ
↑↑↑
うんうん、何を書こうが勝手だから、私の質問に答えたまえ
^w^
知能だけでなく記憶力も悪いようだから、もう一度書いてやろうなw
↓↓↓
「精神常者」「総合失調症」「死ねまで」「過労死一本手前」
君が発言したこれらの言葉の意味を説明してくれよwww
無視したりはぐらかしたりするのは、
卑怯者のする事だぞヘタレジマw
ほれ、早いとこ答えんかい
^w^
これは メッセージ 10781 (takarazima222 さん)への返信です.
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旨いから昔から日本中で食ってたんでしゅ♪
投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/08/03 22:09 投稿番号: [10783 / 15828]
江戸時代から明治までの日本各地の鯨料理 [編集]
江戸時代より組織的な捕鯨が行われるようになり、それら捕鯨地域周辺の漁村では、鯨肉は常食とされていた。九州でも網取式捕鯨が始まる頃までには急速に鯨肉食が盛んになる。例えば幕末に捕鯨地の長崎を訪れたシーボルトも、しばしば鯨料理が供されたことについての記録を残しており、中には「鯨ひげのサラダ」などの特異な献立も記されている。ツチクジラは、現在の千葉県房総半島太平洋岸のように、該当種の捕鯨が行われてきた地域では古くから食べられ、特有のクセに応じた調理法も工夫されてきた(鯨肉の干物の「鯨のたれ」と呼ばれる加工品など)。
流通の常(つね)で生産地の周辺地域に広く消費される傾向にあるが、大坂など近傍経済圏にもこの頃に生まれた伝統的な鯨肉料理が存在する。
京都では「鯨の吸い物」が食べられているのを井原西鶴が著書の中で紹介している。十返舎一九も東海道中膝栗毛のなかで大坂の淀川で「鯨の煮付け」を紹介している。高知県では土佐藩の高知城下を中心に数々の鯨料理が伝承されており、特に「はりはり鍋」は代表的な物の一つである。
江戸城下では鯨肉を素材に調理した「鯨鍋」や「みそ汁」や「澄まし汁」などが食され、「ホリホリ」「鯨のし」などと称した頭部の軟骨を加工した珍味も売られていた。
行事などと結びついた料理も生まれた。江戸を含め日本各地で12月13日の煤払い(すすはらい)の後は「鯨汁」を食べる習慣が広まり、その様子は沢山の川柳の記述や物売りが鯨肉を扱っていた記録が残されている。秋田でも鍋物としては珍しく夏の暑気払いとして「鯨貝焼(くじらかやき)」という鯨のしょっつる鍋が江戸時代から食されており、夏場になると五艘程度の小舟の船団で鯨漁に出ていた記録が残されている。そして明治開拓以降の北海道の日本海側各地で正月料理として鯨汁が食されるのは、秋田藩を中心とした東北の人々が移り住んだ名残といわれている。北海道のアイヌ民族の鯨食は江戸時代よりも古いとされる。同じく夏の土用の食べ物としていた地域は多く、九州の農村では土用に備えて各戸で一樽ずつもの皮の塩漬けを作る地域もあった。塩蔵すれば魚類よりも長期間の保存・輸送に耐えることを活かして、少量は各地に輸送され、一般の海魚の運ばれない山村等で正月などハレ(晴れの席)の料理に供されていた例もある。
昭和以前の需要供給、流通 [編集]
江戸時代には、江戸の日本橋の魚市では「大には鯨、小には鰯、貴品に鯛、鰈等があるなかにも堅魚は近海の名産にして、四月八日の初市には、衣を典し衿を売るも必ずこれを食ふの旧習民間に行はる」という言葉が残されており、江戸城下で鯨肉が広く一般に流通していたことがうかがえる。別の文献によると、土佐の捕鯨地からは、近傍の土佐中心部のほか一大消費地である大阪圏へも多量の鯨肉が供給されており、初物をいち早く出荷するべく業者が競っていたと言う。冬が本場の鯨漁から「鯨九十九日」という言葉が古くから残されており鯨肉の日持ちの良さを表した言葉である。実際に紀州熊野灘で捕れた鯨が江戸まで流通していた記録が残っている。オランダで1832年(天保3年)に刊行されたシーボルト著の「江戸参府紀行」によれば鯨は水揚げされたあと、鯨肉など食用にされる部分は各々の魚商が買い上げ新鮮なうちに、日本中の港に運ばれたと記述している。
前掲の「料理食道記」(1669年)には、鯨肉産地として伊勢や紀伊、肥前のほか、松前焼鯨(北海道のアイヌによる製品)、出雲かぶら骨(頭部の軟骨)などが挙げられている。
他に、現在の岩手県、静岡県、和歌山県や四国、東北、北陸地方の一部、沖縄県の北部などイルカ漁が伝統的に行われている地方では、古くからイルカ肉も流通している。
大型のクジラの鯨肉に比べると地域性の強い食文化であり、特にそれらの地域では重要な地位にあったといえる。山梨県では古くから隣接する静岡県からイルカ肉が流通している。(沖縄において鯨類は「ピトゥ」という表現でイルカと区別がなかったのでイルカだけに限定されていたかは定かではない)
外食産業
東京都内の江戸時代から続くどじょう鍋料理店では、160年間以上にわたり「鯨汁」を提供し続けている店もある。江戸時代の江戸城下では、どじょう鍋屋(柳川鍋ともいう)で鯨汁が出されるのが一般的で、一説では一番小さな魚料理のどじょう鍋に対しての洒落から一番大きな魚の鯨汁を提供したといわれ、だいたいどの店でもどじょう汁と鯨汁は同じ値段で十六文で売られていた。明治末期にはどじょう汁が一銭五厘、鯨汁は二銭五厘であった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E8%82%89
これは メッセージ 10781 (takarazima222 さん)への返信です.
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Re: 調査捕鯨は金になるんですよね・・
投稿者: tutututon_tutonton 投稿日時: 2010/08/03 22:01 投稿番号: [10782 / 15828]
>そうでもないですよ、あんなに売れない状態でマイナス5億なら、
もし鯨肉の人気が上がった場合はプラスになっていたでしょう。
いえ、それは無理です。
いくら日本人が鯨肉を好んでも、皆が手を出せば当然値が上がるし、高ければ庶民には手が届きません。
それに「あんなに」というほど売れ残っているならそれらの在庫を管理する費用も当然増えます。
5億から7億程度しか公金の負担が増えていないというのは辻褄が合いません。
一度の調査捕鯨にどれくらい資金が必要なのでしょうか?
たとえば費用が10憶で公金が7億なら3億しか売れていないということになりますが・・・。
40億なら33億もの売上が出てるということでは?
>日本は南極捕鯨そのものを諦めざるを得ない状況になりつつあったと思いますが
ここからすでに矛盾してます。
調査捕鯨は全く問題なく継続できてました。
でなければ、あれほど長期にわたり調査できません。
まあ、一部の不法者が妨害行為をしていますが、その気になれば排除は簡単だと思います。
>沿岸商業捕鯨再開と引き換えに南極調査捕鯨の段階的縮小と終焉
の話が降って沸き、調査捕鯨の先行きに不安が無いでもない日本も真剣に検討した
ようですが
いえ、商業捕鯨再開は日本が以前より求め続けてきたものです。
そのために調査捕鯨を道半ばで縮小するという犠牲にすることを覚悟したにすぎません。
>そもそも南極で許されているのは、あくまでも調査の為の捕鯨の筈なんですが、
そのへんに日本側には勘違いみたいなものがあるのかも知れませんね。
そうですね「調査捕鯨がお金のため」なんて勘違いをした人もいましたからね。
まぁ長年続けていれば勘違いしても仕方アリマセンが?(笑)
これは メッセージ 10774 (jobankes さん)への返信です.
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は?
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 21:45 投稿番号: [10781 / 15828]
食料難の時、貧乏人でまずい牛豚くえず鯨肉だけ給食で食ってノスタルジーに浸ってるgondawara_yujiですか〜
何書こうがオレの勝手だろ
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はこれだから
投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2010/08/03 21:43 投稿番号: [10780 / 15828]
>日本人の圧倒的多数は、年に一度も鯨肉を食べていないということです。これは上記の水産庁のコメントからも裏付けられます。
●オマエって本当に頭弱いやつだな!^^;
●調査捕鯨で出る量じゃ、大多数は食べられないのは当たり前!
>一方は、規制が有効に機能しなかった乱獲時代の、社会事情によりGHQと国がやむなく国民に食べさせた、安くてまずい一時しのぎの蛋白源。
●俺もそうだが鯨を食べた大多数の人達は、美味しく頂いていた。
●立田揚げ、刺身、サラシ、赤身の煮つけ、大和煮、まずかった思い出など一つもない。
>捕鯨業界は毎年のように膨れ上がる鯨肉在庫の超過に頭を痛めています。そこで在庫解消のために、企画会社の鯨食ラボ立ち上げを始め、国の全面的なバックアップのもと大々的な普及キャンペーンを張りました。
●毎年順調に消費され、無駄になった鯨肉など一つもない。
●たんに、頭の弱いオマエが知らないだけ。(^^;)
>水産庁も「鯨食文化が根強く残っている地域がある」という、日本の食文化から地域の食文化への格下げを容認する発言をせざるを得ないのでしょう。
●食文化とは殆ど地域性がある。
●弱い脳みそを持っているオマエになに言っても通じないのはしょうがない。
(^^;)
これは メッセージ 10776 (takarazima222 さん)への返信です.
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Re: 馬鹿はこれだから
投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2010/08/03 21:25 投稿番号: [10779 / 15828]
自身の意見無くコピペ投稿を繰り返す馬鹿、それがtakarazima222!
テメーの意見が無いなら、無意味な投稿は止めろ、takarazima222クズ野郎!
これは メッセージ 10776 (takarazima222 さん)への返信です.
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何処からどう見ても日本の食文化♪
投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/08/03 21:13 投稿番号: [10778 / 15828]
江戸時代から明治までの日本各地の鯨料理 [編集]
江戸時代より組織的な捕鯨が行われるようになり、それら捕鯨地域周辺の漁村では、鯨肉は常食とされていた。九州でも網取式捕鯨が始まる頃までには急速に鯨肉食が盛んになる。例えば幕末に捕鯨地の長崎を訪れたシーボルトも、しばしば鯨料理が供されたことについての記録を残しており、中には「鯨ひげのサラダ」などの特異な献立も記されている。ツチクジラは、現在の千葉県房総半島太平洋岸のように、該当種の捕鯨が行われてきた地域では古くから食べられ、特有のクセに応じた調理法も工夫されてきた(鯨肉の干物の「鯨のたれ」と呼ばれる加工品など)。
流通の常(つね)で生産地の周辺地域に広く消費される傾向にあるが、大坂など近傍経済圏にもこの頃に生まれた伝統的な鯨肉料理が存在する。
京都では「鯨の吸い物」が食べられているのを井原西鶴が著書の中で紹介している。十返舎一九も東海道中膝栗毛のなかで大坂の淀川で「鯨の煮付け」を紹介している。高知県では土佐藩の高知城下を中心に数々の鯨料理が伝承されており、特に「はりはり鍋」は代表的な物の一つである。
江戸城下では鯨肉を素材に調理した「鯨鍋」や「みそ汁」や「澄まし汁」などが食され、「ホリホリ」「鯨のし」などと称した頭部の軟骨を加工した珍味も売られていた。
行事などと結びついた料理も生まれた。江戸を含め日本各地で12月13日の煤払い(すすはらい)の後は「鯨汁」を食べる習慣が広まり、その様子は沢山の川柳の記述や物売りが鯨肉を扱っていた記録が残されている。秋田でも鍋物としては珍しく夏の暑気払いとして「鯨貝焼(くじらかやき)」という鯨のしょっつる鍋が江戸時代から食されており、夏場になると五艘程度の小舟の船団で鯨漁に出ていた記録が残されている。そして明治開拓以降の北海道の日本海側各地で正月料理として鯨汁が食されるのは、秋田藩を中心とした東北の人々が移り住んだ名残といわれている。北海道のアイヌ民族の鯨食は江戸時代よりも古いとされる。同じく夏の土用の食べ物としていた地域は多く、九州の農村では土用に備えて各戸で一樽ずつもの皮の塩漬けを作る地域もあった。塩蔵すれば魚類よりも長期間の保存・輸送に耐えることを活かして、少量は各地に輸送され、一般の海魚の運ばれない山村等で正月などハレ(晴れの席)の料理に供されていた例もある。
昭和以前の需要供給、流通 [編集]
江戸時代には、江戸の日本橋の魚市では「大には鯨、小には鰯、貴品に鯛、鰈等があるなかにも堅魚は近海の名産にして、四月八日の初市には、衣を典し衿を売るも必ずこれを食ふの旧習民間に行はる」という言葉が残されており、江戸城下で鯨肉が広く一般に流通していたことがうかがえる。別の文献によると、土佐の捕鯨地からは、近傍の土佐中心部のほか一大消費地である大阪圏へも多量の鯨肉が供給されており、初物をいち早く出荷するべく業者が競っていたと言う。冬が本場の鯨漁から「鯨九十九日」という言葉が古くから残されており鯨肉の日持ちの良さを表した言葉である。実際に紀州熊野灘で捕れた鯨が江戸まで流通していた記録が残っている。オランダで1832年(天保3年)に刊行されたシーボルト著の「江戸参府紀行」によれば鯨は水揚げされたあと、鯨肉など食用にされる部分は各々の魚商が買い上げ新鮮なうちに、日本中の港に運ばれたと記述している。
前掲の「料理食道記」(1669年)には、鯨肉産地として伊勢や紀伊、肥前のほか、松前焼鯨(北海道のアイヌによる製品)、出雲かぶら骨(頭部の軟骨)などが挙げられている。
他に、現在の岩手県、静岡県、和歌山県や四国、東北、北陸地方の一部、沖縄県の北部などイルカ漁が伝統的に行われている地方では、古くからイルカ肉も流通している。
大型のクジラの鯨肉に比べると地域性の強い食文化であり、特にそれらの地域では重要な地位にあったといえる。山梨県では古くから隣接する静岡県からイルカ肉が流通している。(沖縄において鯨類は「ピトゥ」という表現でイルカと区別がなかったのでイルカだけに限定されていたかは定かではない)
外食産業
東京都内の江戸時代から続くどじょう鍋料理店では、160年間以上にわたり「鯨汁」を提供し続けている店もある。江戸時代の江戸城下では、どじょう鍋屋(柳川鍋ともいう)で鯨汁が出されるのが一般的で、一説では一番小さな魚料理のどじょう鍋に対しての洒落から一番大きな魚の鯨汁を提供したといわれ、だいたいどの店でもどじょう汁と鯨汁は同じ値段で十六文で売られていた。明治末期にはどじょう汁が一銭五厘、鯨汁は二銭五厘であった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E8%82%89
これは メッセージ 10771 (takarazima222 さん)への返信です.
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jobankesって宝島だろ
投稿者: hogei_hoge_hogei 投稿日時: 2010/08/03 21:11 投稿番号: [10777 / 15828]
はは
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馬鹿はこれだから
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 21:09 投稿番号: [10776 / 15828]
コピペ文に文句たれてる馬鹿なgondawara_yuji
鯨食で検索して 書いてある人間に直接に文句言えや
カス
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
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Re: GHQに食えと命令されなければ
投稿者: s378zztt7 投稿日時: 2010/08/03 21:09 投稿番号: [10775 / 15828]
毎日毎日相手をしてくれる人を見つけるために、必死に暴言を吐いているんですね。(笑
これは メッセージ 10771 (takarazima222 さん)への返信です.
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Re: 調査捕鯨は金になるんですよね・・
投稿者: jobankes 投稿日時: 2010/08/03 21:05 投稿番号: [10774 / 15828]
>>調査捕鯨は毎年赤字ですよ。
以前は5億位を税金で助けていたようで最近は7億位に膨らんでいるようです。
>当然ですね、調査で利益が出るほうがおかしいのですから〜。(笑)
そうでもないですよ、あんなに売れない状態でマイナス5億なら、
もし鯨肉の人気が上がった場合はプラスになっていたでしょう。
つまり調査捕鯨がいかに普通の調査でないかが分るというものです。
調査に負けないほど販売にも力を注いでいたにも関わらず、鯨肉の
不人気には勝てなかったということですかね?
>>赤字でもビクともしないし給料も退職金も保障されているのは、
そういうのは「儲かる」と言うべきかもしれませんでした。
>そういう意味で「金の為の捕鯨は、もっとわかりやすいですね。」
と言ったのであれば、先日の商業捕鯨再開と引き換えの調査捕鯨削減に前向
きになるわけありません。
>矛盾してますね
全然矛盾していません。
日本は南極捕鯨そのものを諦めざるを得ない状況になりつつあったと思いますが、
そういうときに沿岸商業捕鯨再開と引き換えに南極調査捕鯨の段階的縮小と終焉
の話が降って沸き、調査捕鯨の先行きに不安が無いでもない日本も真剣に検討した
ようですが、結局両方を要求する立場?の日本は拒否されてしまったも同然でしたね。
調査捕鯨削減なんて甘い考えすら通用しないのが現状のようで、南極捕鯨は全面
禁止にしようというのが反捕鯨国の考え方になった来たようでした。
日本は南極調査捕鯨にしがみ付いていたいばかりに、交渉のチャンスをムダに
してしまったようにも見えました。
そもそも南極で許されているのは、あくまでも調査の為の捕鯨の筈なんですが、
そのへんに日本側には勘違いみたいなものがあるのかも知れませんね。
まぁ長年続けていれば勘違いしても仕方アリマセンが?
これは メッセージ 10766 (tutututon_tutonton さん)への返信です.
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フフにも相手してもらえなくなったコジキ
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 21:04 投稿番号: [10773 / 15828]
ダッセ
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
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Re: 追加W
投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2010/08/03 21:03 投稿番号: [10772 / 15828]
>日本人の圧倒的多数は、年に一度も鯨肉を食べていないということです。これは上記の水産庁のコメントからも裏付けられます。
●オマエって本当に頭弱いやつだな!^^;
●調査捕鯨で出る量じゃ、大多数は食べられないのは当たり前!
>一方は、規制が有効に機能しなかった乱獲時代の、社会事情によりGHQと国がやむなく国民に食べさせた、安くてまずい一時しのぎの蛋白源。
●俺もそうだが鯨を食べた大多数の人達は、美味しく頂いていた。
●立田揚げ、刺身、サラシ、赤身の煮つけ、大和煮、まずかった思い出など一つもない。
>捕鯨業界は毎年のように膨れ上がる鯨肉在庫の超過に頭を痛めています。そこで在庫解消のために、企画会社の鯨食ラボ立ち上げを始め、国の全面的なバックアップのもと大々的な普及キャンペーンを張りました。
●毎年順調に消費され、無駄になった鯨肉など一つもない。
●たんに、頭の弱いオマエが知らないだけ。(^^;)
>水産庁も「鯨食文化が根強く残っている地域がある」という、日本の食文化から地域の食文化への格下げを容認する発言をせざるを得ないのでしょう。
●食文化とは殆ど地域性がある。
●弱い脳みそを持っているオマエになに言っても通じないのはしょうがない。
(^^;)
これは メッセージ 10769 (takarazima222 さん)への返信です.
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GHQに食えと命令されなければ
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 21:02 投稿番号: [10771 / 15828]
一般に普及しなかった鯨肉
南極近辺の鯨肉が食卓に並んだのは戦後からW
昔をたどれば一部の地域で取れた時に食べる゙珍味゙が戦前の鯨肉
一般への普及は無し
珍味贅沢品として食べる事が増えた江戸時代以前にさかのぼれば一般人の大多数が聞いた事も見た事もない食材が鯨肉、イルカW
(まず為政者階級への献上品扱いがデフォの為W)
これを日本の食文化とか伝統と呼べるか?
水産庁も「鯨食文化が根強く残っている地域がある」という、日本の食文化から地域の食文化への格下げを容認する発言をせざるを得ないのでしょう。
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/ja7dfa4offckdca4ncq_1/10771.html
何処からどう見ても日本の食文化♪
投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/08/03 20:53 投稿番号: [10770 / 15828]
江戸時代から明治までの日本各地の鯨料理 [編集]
江戸時代より組織的な捕鯨が行われるようになり、それら捕鯨地域周辺の漁村では、鯨肉は常食とされていた。九州でも網取式捕鯨が始まる頃までには急速に鯨肉食が盛んになる。例えば幕末に捕鯨地の長崎を訪れたシーボルトも、しばしば鯨料理が供されたことについての記録を残しており、中には「鯨ひげのサラダ」などの特異な献立も記されている。ツチクジラは、現在の千葉県房総半島太平洋岸のように、該当種の捕鯨が行われてきた地域では古くから食べられ、特有のクセに応じた調理法も工夫されてきた(鯨肉の干物の「鯨のたれ」と呼ばれる加工品など)。
流通の常(つね)で生産地の周辺地域に広く消費される傾向にあるが、大坂など近傍経済圏にもこの頃に生まれた伝統的な鯨肉料理が存在する。
京都では「鯨の吸い物」が食べられているのを井原西鶴が著書の中で紹介している。十返舎一九も東海道中膝栗毛のなかで大坂の淀川で「鯨の煮付け」を紹介している。高知県では土佐藩の高知城下を中心に数々の鯨料理が伝承されており、特に「はりはり鍋」は代表的な物の一つである。
江戸城下では鯨肉を素材に調理した「鯨鍋」や「みそ汁」や「澄まし汁」などが食され、「ホリホリ」「鯨のし」などと称した頭部の軟骨を加工した珍味も売られていた。
行事などと結びついた料理も生まれた。江戸を含め日本各地で12月13日の煤払い(すすはらい)の後は「鯨汁」を食べる習慣が広まり、その様子は沢山の川柳の記述や物売りが鯨肉を扱っていた記録が残されている。秋田でも鍋物としては珍しく夏の暑気払いとして「鯨貝焼(くじらかやき)」という鯨のしょっつる鍋が江戸時代から食されており、夏場になると五艘程度の小舟の船団で鯨漁に出ていた記録が残されている。そして明治開拓以降の北海道の日本海側各地で正月料理として鯨汁が食されるのは、秋田藩を中心とした東北の人々が移り住んだ名残といわれている。北海道のアイヌ民族の鯨食は江戸時代よりも古いとされる。同じく夏の土用の食べ物としていた地域は多く、九州の農村では土用に備えて各戸で一樽ずつもの皮の塩漬けを作る地域もあった。塩蔵すれば魚類よりも長期間の保存・輸送に耐えることを活かして、少量は各地に輸送され、一般の海魚の運ばれない山村等で正月などハレ(晴れの席)の料理に供されていた例もある。
昭和以前の需要供給、流通 [編集]
江戸時代には、江戸の日本橋の魚市では「大には鯨、小には鰯、貴品に鯛、鰈等があるなかにも堅魚は近海の名産にして、四月八日の初市には、衣を典し衿を売るも必ずこれを食ふの旧習民間に行はる」という言葉が残されており、江戸城下で鯨肉が広く一般に流通していたことがうかがえる。別の文献によると、土佐の捕鯨地からは、近傍の土佐中心部のほか一大消費地である大阪圏へも多量の鯨肉が供給されており、初物をいち早く出荷するべく業者が競っていたと言う。冬が本場の鯨漁から「鯨九十九日」という言葉が古くから残されており鯨肉の日持ちの良さを表した言葉である。実際に紀州熊野灘で捕れた鯨が江戸まで流通していた記録が残っている。オランダで1832年(天保3年)に刊行されたシーボルト著の「江戸参府紀行」によれば鯨は水揚げされたあと、鯨肉など食用にされる部分は各々の魚商が買い上げ新鮮なうちに、日本中の港に運ばれたと記述している。
前掲の「料理食道記」(1669年)には、鯨肉産地として伊勢や紀伊、肥前のほか、松前焼鯨(北海道のアイヌによる製品)、出雲かぶら骨(頭部の軟骨)などが挙げられている。
他に、現在の岩手県、静岡県、和歌山県や四国、東北、北陸地方の一部、沖縄県の北部などイルカ漁が伝統的に行われている地方では、古くからイルカ肉も流通している。
大型のクジラの鯨肉に比べると地域性の強い食文化であり、特にそれらの地域では重要な地位にあったといえる。山梨県では古くから隣接する静岡県からイルカ肉が流通している。(沖縄において鯨類は「ピトゥ」という表現でイルカと区別がなかったのでイルカだけに限定されていたかは定かではない)
外食産業
東京都内の江戸時代から続くどじょう鍋料理店では、160年間以上にわたり「鯨汁」を提供し続けている店もある。江戸時代の江戸城下では、どじょう鍋屋(柳川鍋ともいう)で鯨汁が出されるのが一般的で、一説では一番小さな魚料理のどじょう鍋に対しての洒落から一番大きな魚の鯨汁を提供したといわれ、だいたいどの店でもどじょう汁と鯨汁は同じ値段で十六文で売られていた。明治末期にはどじょう汁が一銭五厘、鯨汁は二銭五厘であった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E8%82%89
これは メッセージ 10769 (takarazima222 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/ja7dfa4offckdca4ncq_1/10770.html
追加W
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 20:40 投稿番号: [10769 / 15828]
日本人の圧倒的多数は、年に一度も鯨肉を食べていないということです。これは上記の水産庁のコメントからも裏付けられます。
一方は、規制が有効に機能しなかった乱獲時代の、社会事情によりGHQと国がやむなく国民に食べさせた、安くてまずい一時しのぎの蛋白源。
捕鯨業界は毎年のように膨れ上がる鯨肉在庫の超過に頭を痛めています。そこで在庫解消のために、企画会社の鯨食ラボ立ち上げを始め、国の全面的なバックアップのもと大々的な普及キャンペーンを張りました。
水産庁も「鯨食文化が根強く残っている地域がある」という、日本の食文化から地域の食文化への格下げを容認する発言をせざるを得ないのでしょう。
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
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Re: 学校給食で鯨が出された理由
投稿者: si_yo_soy_japones 投稿日時: 2010/08/03 20:05 投稿番号: [10768 / 15828]
クサレジマ、お前もう文章書くなよ恥ずかし過ぎるからよぉ><
この恥ずかしい文章は何だ?
おめーホントに小学校卒業出来たんか?
↓↓↓
>元々は一部の地域の珍味な食材の扱いでしかない食材
>日本という国の文化と主張は成り立たない。
↑↑↑
おいおい、これじゃ意味不明だろうがクサレジマ^^;
訂正してやるから、しっかりメモ取れよバカタレw
↓↓↓
元々は一部地域で珍味的に扱われただけの食材で、
日本の食文化だと言う主張は成り立たない。
↑↑↑
こんな風に書くんだよバカタレジマ^^
おめーのようなアホが掲示板に投稿するには、
百万年と八ヶ月ばかり早すぎるんだよ
^w^
ぶわーっはっはっはwww
バンバンバン!!!
^w^
^s^
^v^
これは メッセージ 10763 (takarazima222 さん)への返信です.
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コモノらしいね。(笑)
投稿者: tutututon_tutonton 投稿日時: 2010/08/03 20:05 投稿番号: [10767 / 15828]
「精神常者」
「総合失調症」
「死ねまで」
「過労死一本手前」
さすがナメクジのコモノだ。
脳みそはナメクジよりも小さそうだな。
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Re: 調査捕鯨は金になるんですよね・・
投稿者: tutututon_tutonton 投稿日時: 2010/08/03 20:01 投稿番号: [10766 / 15828]
>>>つまり南極調査捕鯨は金になるんですね。
>>調査捕鯨は毎年赤字ですよ。
以前は5億位を税金で助けていたようで最近は7億位に膨らんでいるようです。
当然ですね、調査で利益が出るほうがおかしいのですから〜。(笑)
さて、ではなぜ「金の為の捕鯨は、もっとわかりやすいですね。」
となったのでしょうか?
矛盾してますね。
>赤字でもビクともしないし給料も退職金も保障されているのは、
そういうのは「儲かる」と言うべきかもしれませんでした。
そういう意味で「金の為の捕鯨は、もっとわかりやすいですね。」
と言ったのであれば、先日の商業捕鯨再開と引き換えの調査捕鯨削減に前向きになるわけありません。
矛盾してますね。
これは メッセージ 10760 (jobankes さん)への返信です.
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↓おいおいクサレジマ、シカトかよぉ^^メ
投稿者: si_yo_soy_japones 投稿日時: 2010/08/03 18:50 投稿番号: [10765 / 15828]
「精神常者」
「総合失調症」
「死ねまで」
んで今度は「過労死一本手前」かい^^
おめー何勝手に話題変えてんだよクサレジマ?
逃げ弾正気取るほどの玉じゃねーだろが^^
おめーが書いた爆笑言語の意味を説明してくれよwww
おーーーい!
コンコンコン!
あっやっぱおめーのオツムは空っぽだなw
ほれクサレジマ閣下、言葉の意味を教えてくれよ^^
頭良いんだろ?
賢いんだろ?
ゴルァ答えたらんかい!
これは メッセージ 10763 (takarazima222 さん)への返信です.
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義務教育挫折のtakarazimaクン、読みな♪
投稿者: toripan1111 投稿日時: 2010/08/03 18:45 投稿番号: [10764 / 15828]
先史捕鯨時代 [編集]
日本における捕鯨の歴史は、縄文時代までさかのぼる。約8000年前の縄文前期の遺跡とされる千葉県館山市の稲原貝塚においてイルカの骨に刺さった黒曜石の、簎(やす、矠とも表記)先の石器が出土していることや、約5000年前の縄文前期末から中期初頭には、富山湾に面した石川県真脇遺跡で大量に出土したイルカ骨の研究によって、積極的捕獲があったことが証明されている。縄文時代中期に作られた土器の底には、鯨の脊椎骨の圧迫跡が存在する例が多数あり、これは脊椎骨を回転台として利用していたと見られている。
弥生時代の捕鯨については、長崎県壱岐市の原の辻(はるのつじ)遺跡から出土した弥生時代中期の甕棺に捕鯨図らしき線刻のあるものが発見されており、韓国盤亀台の岩刻画にみられる先史時代捕鯨図との類似性もあることから、日本でも弥生時代に捕鯨が行われていた可能性が高いと考えられるようになった。原の辻遺跡では、弥生時代後期の出土品として、鯨の骨を用いた紡錘車や矢尻なども出土しており、さらに銛を打ち込まれた鯨と見られる線画が描かれた壷が発見された。もっとも、大型のクジラについては、入り江に迷い込んだ個体を舟で浜辺へと追い込むか、海岸に流れ着いた鯨[1]を解体していたと見られている。
北海道においても、イルカなどの小型のハクジラ類の骨が大量に出土している。6世紀から10世紀にかけて北海道東部からオホーツク海を中心に栄えたオホーツク文化圏でも捕鯨が行われていた。根室市で発見された鳥骨製の針入れには、舟から綱付きの離頭銛を鯨に打ち込む捕鯨の様子が描かれている。オホーツク文化における捕鯨は毎年鯨の回遊時期に組織的に行われていたと見られ、その影響を色濃く受けたアイヌの捕鯨は明治期に至るまで断続的に行われていたとされる。アイヌからの聞き取りによると、トリカブトから採取した毒を塗った銛を用いて南から北へと回遊する鯨を狙うという[2]。鯨を捕らえることは数年に一度もないほどの稀な出来事であり、共同体全体で祭事が行われていたという。
初期捕鯨時代 [編集]
奈良時代に編纂された万葉集においては、鯨は「いさな」または「いさ」と呼称されており、捕鯨を意味する「いさなとり」は海や海辺にかかる枕詞として用いられている。11世紀の文献に、後の醍醐組(房総半島の捕鯨組)の祖先が851年頃に「王魚」を捕らえていたとする記録もあり、捕鯨のことであろうと推測されている。
鎌倉時代の鎌倉由比ヶ浜付近では、生活史蹟から、食料の残存物とみられる鯨やイルカの骨が出土している。同時代の日蓮の書状には、房総で取れた鯨類の加工処理がなされているという記述があり、また房総地方の生活具にも鯨の骨を原材料とした物の頻度が増えていることから、この頃には房総に捕鯨が発達していたことやクジラやイルカなどの海産物が鎌倉地方へ流通していたことが推定されている。
海上において大型の鯨を捕獲する積極的捕鯨が始まった時期についてははっきりとしていないが、少なくとも12世紀には湾の入り口を網で塞いで鯨を捕獲する追い込み漁が行われていた。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%8D%95%E9%AF%A8日本での食文化の歴史 [編集]
日本においても、組織的な捕鯨産業の成立以前から、鯨肉を食用とすることはあったようである。小型のハクジラ類を中心に、縄文時代以前を含む旧石器時代の貝塚や、弥生時代の遺跡など古くから出土例がある。日本では宗教上の理由などから[1]、「肉食」が忌避されたり、公式には禁止される時期が歴史上で度々あったが、欧米の場合と同じく「魚」として食用にされていたようである。
行事などと結びついた料理も生まれた。江戸を含め日本各地で12月13日の煤払い(すすはらい)の後は「鯨汁」を食べる習慣が広まり、その様子は沢山の川柳の記述や物売りが鯨肉を扱っていた記録が残されている。秋田でも鍋物としては珍しく夏の暑気払いとして「鯨貝焼(くじらかやき)」という鯨のしょっつる鍋が江戸時代から食されており、夏場になると五艘程度の小舟の船団で鯨漁に出ていた記録が残されている。そして明治開拓以降の北海道の日本海側各地で正月料理として鯨汁が食されるのは、秋田藩を中心とした東北の人々が移り住んだ名残といわれている。北海道のアイヌ民族の鯨食は江戸時代よりも古いとされる。同じく夏の土用の食べ物としていた地域は多く、九州の農村では土用に備えて各戸で一樽ずつもの皮の塩漬けを作る地域もあった。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AF%A8%E8%82%89#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.A7.E3.81.AE.
E9.A3.9F.E6.96.87.E5.8C.96.E3.81.AE.E6.A
D.B4.E5.8F.B2
これは メッセージ 10763 (takarazima222 さん)への返信です.
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学校給食で鯨が出された理由
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 18:28 投稿番号: [10763 / 15828]
戦前から南極で捕鯨をしていたが冷凍技術が発達していなかったせいもあり戦時中まで一般の日本の食卓に並ぶ事はなかった
南極近辺で取れた鯨は鯨油として欧米に輸出されていた
鯨肉が普及するのは占領軍のマッカーサーの命令に食料事情の改善の為、豚、牛、肉の代用品として食べるように指導された事による
それにより一般に普及し捕鯨産業も規模を拡大した。
捕鯨は日本の文化という主張があるが
元々は一部の地域の珍味な食材の扱いでしかない食材
日本という国の文化と主張は成り立たない。
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
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↓クサレジマまたもマヌケな誤字^^
投稿者: si_yo_soy_japones 投稿日時: 2010/08/03 18:26 投稿番号: [10762 / 15828]
>黙って過労死一本手前まで働け
↑↑↑
過労死一本手前?
一本?
一歩だろがバカタレ^^
ぎゃーっはっはっはwww
バンバンバン!!!
^w^
^s^
^v^
おいクサレジマ、おめー最終学歴は小学校か?
吉本紹介したろか?
天然キャラで結構稼げるかも知れんぞ
^w^
クサレジマ語録にまた一つ追加だなw
「過労死一本手前」
ぶわーっはっはっはwww
バンバンバン!!!
^w^
^s^
^v^
これは メッセージ 10761 (takarazima222 さん)への返信です.
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そうですか
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 18:05 投稿番号: [10761 / 15828]
si_yo_soy_haponeseの生活ですね→おめーボロボロだなぁ、もしかして熱中症じゃねーのか?
電気代未納で止められちまったのか? そりゃ気の毒にw
この猛暑にクーラー無しじゃぁそりゃ堪らんわ ^w^
超痛いとか言ってるが、飯食ってねーから内臓に影響でも出てんのか?
可哀想だなぁヘ
どうしても困ったら
オレんちで派遣会社と請け負い会社やってるから雇ってやるよ
その気になったら写真付き履歴書をワードかエクセルのフォーマットで送ってこい
後日の面接は大阪 名古屋 東京 横浜の事務所どこでも大丈夫だから
寮も月30000 光熱費で用意してやる
黙って過労死一本手前まで働け
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
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Re: 調査捕鯨は金になるんですよね・・
投稿者: jobankes 投稿日時: 2010/08/03 17:59 投稿番号: [10760 / 15828]
>>つまり南極調査捕鯨は金になるんですね。
>調査捕鯨は毎年赤字ですよ。
以前は5億位を税金で助けていたようで最近は7億位に膨らんでいるようです。
>一番の問題は鯨肉に人気がないことでしょうね。
学校給食で捌くとかの工夫をしていますが、どうなる事やら。
赤字でもビクともしないし給料も退職金も保障されているのは、
そういうのは「儲かる」と言うべきかもしれませんでした。
言っている意味が今頃判りましたので、、、追加。
これは メッセージ 10757 (jobankes さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/ja7dfa4offckdca4ncq_1/10760.html
si_yo_soy_haponese
投稿者: takarazima222 投稿日時: 2010/08/03 17:54 投稿番号: [10759 / 15828]
なるほど
si_yo_soy_haponeseが
馬鹿の理由は脳みそがボロボロだったからなのね。
心のこもった親身なアドバイス
馬鹿なのね
死ねよ
早くしてくれ
な
これは メッセージ 1 (freevinus さん)への返信です.
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